side . Dragon 3 『玉座を立つ』


「そうか。神器は、奪われたか」


 暴食の祖竜・体内にて。

 傷だらけで戻った配下二名の報告を受け、どっしりと座したまま竜王エッツェルは静かに息を吐く。

「ごめんなさいっ、ごめんなさいエッツェルさま!お借りしてた戦闘竜も全部やられちゃって……わたしのせいで…」

「竜王殿。メティエールに非は無い。そうならぬ為の私であり、そうさせてしまった私の完全な過失、失態。それ以外に何もないのだから」

 前に出たティマリアが片膝をつき垂れた頭を前に差し出す。己が命をもってこの場を収める魂胆であると、隣で見ていたメティエールはすぐに気づいた。

「ダメっ!!おねがいエッツェル様!罰ならわたしが受けますから、ティマリアを殺さないでっ!!」

 すぐさまティマリアとエッツェルの間に割り込み、両手を広げ懇願する。そんなメティエールを引き剥がそうとティマリアが手を伸ばした時、再び竜王の吐息が不自然なまでに空間全体を揺らした。

 そうして沈黙に包まれた玉座の間で、エッツェルは数段高い位置に据えてある座から見下ろすメティエールに話しかける。

「メティエール」

「……、はい」

「お前の父母は我が言の葉による仮初の蘇生を越え、あの一時のみ、お前を守る為だけの存在と成ったのだ。現代を生きる同胞の中、それを成せるものは数限られるだろう」

「…………」

「泣くことは冒涜と心得よ。あの竜達の娘であるのなら、涙を拭いて誇れ。そして竜として懸命に生きよ」

 寛大な御心による沙汰に再び涙腺が緩むが、たった今言われたことを反芻しつつ全力で堪える。

 次いで竜王は火刑竜を見る。その表情はとうに死を覚悟した武人のそれだった。

「ティマリア。貴様はその父母に何を託された?この場を死んで収め、それで守ったつもりか?」

「…それ、は……」

「我が権威を情で超越した毒竜、その言葉の重みを自覚せよ。死ぬのなら、果てるのなら、それは私ではなくそこな娘の為に使え」

 あの母親に託された子宝。必ず守り切ると誓った言葉に虚偽は無い。

 これだけの失態を重ねたこの身がまだ赦されるのなら。竜の頂きにこそ相応しいと信ずるこの男にそう言質を賜ったのなら。

 この命はこの瞬間より意味を変えるだろう。

「は…。今一度、此処に誓いを。我が焔は竜王殿に、我が身命は疫毒竜メティエールに」

 短く、飾りっ気のない言葉だった。

 だがそれこそが武人として生きる火竜の本質を現している。竜王はそう捉えた。

「…セレニテ」

 二名から視線を上げ、呼んだ声には泡立つ水音が応じた。

「は~い。なんでしょーか竜王さまー♪」

 清浄なる水を纏い現れたのは水色の髪を腰まで伸ばした長い角を持つ人化竜。

 紺色のミニワンピースの上に着た白衣を水流に揺らしながら、柔和な表情を浮かべる竜が少し離れた位置から様子を見る。

「あらーティマリア傷だらけじゃないですか。メティエールちゃんも。あ、そっか。竜都に行ってたんでしたっけ」

「見ての通りだ。お前の力で治してやれ」

「はーい。もうこんなに怪我して、しょうがない子たちなんですから~」

 竜王の命を受け、セレニテと呼ばれた竜は伸ばした水の手で二人を引っ張って玉座の間を出て行く。


「…………ふう」


 ガランと気配の消えた室内で、エッツェルは顎を上げて中空をなんともなしに眺める。

 神器を奪われたのは手痛い状況だ。アレは神竜の骨から鍛え上げられた逸品。しかもあの場には今代神竜たるエヴレナもいたという。

 であれば、おそらくだろう。あの小娘程度に構う時間も惜しいと断じていたが、こうなると話は変わってくる。

 神器、そして神竜の覚醒。

 極めて最悪の事態に近いが、それならばそれで別のやり方がある。

「―――ブレイズノア」

 誰もいない空間でひとつの名を呼ぶ。

 それに答え、ずるりと。

 広い玉座の間の壁に等間隔に刺し込まれていた松明の炎。その一本から枝分かれした小さな火が宙を泳ぎながら玉座の近辺まで接近し、急速に膨張。

 存在しなかった気配がその押さえ込み切れない存在感を遺憾なく漏出させながら形を整えつつ、現れる。

「…呼んだか?黒竜王」

 燃え尽きた灰のような白髪のローテールをなびかせて出でるは 原初はじまりひかり、『翡燈』の厄竜。

 最古を生きた祖竜の一角が竜王を見上げる。

「ヴァルハザードも外界を見たのだ。貴様もいい加減、息が詰まる頃合いだろう」

 気さくな調子で語り掛けつつ、竜王は長く腰かけていた玉座からゆっくりと立ち上がる。


「少し、出る。興味があるなら共に来い」

「野暮なことを。この爺は今の世界全てに嘱目しているというのにな」

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