戦喚ぶ少年のとある朝方
目覚めは快調だった。
昨夜は見たい番組があった為にやや遅めの就寝となってしまったが、それでも多少寝過ごす程度で済んだらしい。
いつもなら隣ですやすやと眠るあの子の姿が今は無い。先に起きて降りてしまったのだろうか。
階下からは何やら鼻腔を擽る良い香りもする。きっと朝食の匂いだ。
献立に想いを馳せながらベッドから立ち上がろうとした時、指先に何か当たる感触がした。
視線を落としてみればそれは封筒だった。薄く一枚の紙が折り畳まれて入っているのが、朝日に照らされた封筒から透けて見える。
嫌な予感は既にあった。
恐る恐るその封筒を手に取り、ゆっくりと裏返してみる。
「---またか畜生が!」
確信と共に封筒を握り潰し荒々しく立ち上がった。
もう怒った。もう許せん。
「おい幸起きてるかーっ!?」
ドタドタと、およそ朝方に相応しくない音を立てながら相棒を呼び階段へ向かう。
手紙を綴じる為に使われていた封蝋の紋章には覚えがある。極めつけに連中、堂々と自社の名前まで載せて送ってきやがった。
奴等だ。
「もう我慢ならん今度こそ『カンパニー』を粉微塵に潰しに行くぞぉ!!」
内容も読まぬままに、俺は再度因縁の相手との決着に参戦の意思を固めた。
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「・・・と意気込んだはいいが、なんだこれ」
「・・・?」
握り潰したせいでくしゃくしゃになった紙面に並ぶ文字列を目で追う内に、なんだか様子が違うことに気付いた。
「手紙には何と?」
読み終わるまで無言で食事を進めていた日和さんが訊ねる。
「ああはい、なんかハンターだのターゲットだのと・・・日和さん怒ってます?」
「いや別に」
長い付き合いだからか、普段から表情に出づらい彼女の感情にも敏感になっているらしき俺の問い掛けに、日和さんは端的に否定を返した。
でもあれ絶対怒ってる。何でだ。俺に対してではなさそうだけど。
「主様。お茶を」
朝からの不可思議に疑問符を浮かべていると、横合いから湯呑み茶碗が置かれた。
「おう篠、ありが・・・なんか怒ってる?」
「いいえ、別に」
マジでどうしたのこれ、何事?
昼ドラの如きドロドロ感に謎の居たたまれなさを覚えつつ、箸で切り分けた玉子焼きを口に運ぶ。
「ん、うま」
いつもの日和さんが作るものとは若干味付けが異なる。上手い言い回しが見つからないが、より俺の好みに寄ったような味付け、とでも言うべきか。
もちろん日和さんは俺の味覚に合わせて料理を作ってくれているが、細かなことまでは流石に調整が利かない。むしろここまで完璧に好みに仕上げてくるには相当の理解が必要なはずだ。
そう。例えば常に同化して五感を共有している仲であれば、あるいはこういった芸当も可能か。
「幸だな?この玉子焼き作ったのは」
「!!」
即座に気付かれたのがよほど嬉しかったのか、幸は隣に座ったまま両手を挙げた。
「へえ!随分と上達したなー。すごいぞ」
いつかの黒焦げから、まったくいつの間にここまで。
「しかしよく日和さんが許可出したな。料理に関しては譲らないと思ってたけど」
ついに日和さんも根負けしたというわけか。
そうしみじみ呟くと、日和さんが一言。
「許可していないよ」
「えっ?」
「譲っていないよ」
「・・・あー」
見えたぞこの
朝から何やってんの彼女らは。
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「とにかく今回は普通に依頼を受けて達成したら報酬もらえるシステムらしいです」
若干ご機嫌斜めな日和さんを宥めるのにいくらか時間を要し、本題に入る。
俺達は『ハンター』なる立場として『ターゲット』と呼ばれる敵性を排除する。その為に手紙を寄越したらしい。
流れ自体は一番初めに行った戦闘実験に似ている。
「『カンパニー』は?」
「内部から瓦解してるみたいですよ。結局方向性は不明なままですが、まぁ潰した方がいいでしょうね」
社長戦争を経ても『カンパニー』は変わらなかったようだ。俺達の頑張りはあまり報われなかったと見ていい。
・・・・・・フーダニット・・・。
「で、乗るのかい?」
「とりあえずは、そのつもりです」
問い掛けに頷きを返す。
「様子を見に行く意味でも誘いに乗る価値はあります。それに結構、報酬も弾むみたいなんで」
学生の身分であるこの俺が、通常の手段で金銭を稼ぐのには制限が多過ぎる。
その点違う世界での話なら簡単で単純だ。その分リスクも跳ね上がるが。
少しでも多く稼ぎ、この人の負担を減らしたい。
「負担、とか思ってるなら要らん気遣いだよ。とても嬉しくはあるけどね」
そして当然のように見透かされる。もう慣れっこだけどもさ。
「まぁ、第一に様子見。稼ぎは二の次おまけ程度で気安く行ってきますよ」
「ん?私も行くよ?」
当たり前のように言うから俺も驚く。
「・・・どうしたんですか?」
「保険さ。保険」
立てた人差し指を振るって、日和さんが自らを指す。
「前回の介入で異世界の底知れなさは骨身に沁みた。次があれば全力で動こうと決めていたのさ。前みたいに君の危機へ間に合うように」
なるほど。やはり動機は俺か。
それなら断る理由は無い。
「すいませんね、毎度毎度」
「気にしなさんな。私と君の仲だろう」
そんなこんなで、今回は開始当初から日和さんが同行してくれることになった。
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