VS 大天使ナタニエル (前編)
この世界に直接的に干渉し介入しようとする女神。そしてその忠実な下僕たる大天使。
これらは世界の法則や理に対する概念的な防御性能を積んでいる。簡単な話、効くはずのものが効かない。通じるはずの攻撃が通じない。
完全なる無効化ではない以上攻撃を続けて行けばいつか倒せるのだろうが、その前にこちらの戦力が尽きるのが先。
だからアルは賭けた。この世界の
それも生半可な力では駄目だ。相手はこの世界を破壊し作り変えようと目論む連中。それこそ、世界を滅ぼすほどの力でなければ。
世界崩壊のカウントダウンは始まっている。滅びを進めるエンドロールの最中、アルはワールドエンドの渦中における決着を最善と判断した。
ーーーーー
迫る崩壊領域。森羅万象を塵芥同然に崩し壊す最凶の『魔法』に吞まれればさしもの大天使とて無事では済まない。勝機はそこにある。
アルの拘束を振り払い、翼を広げてナタニエルは槌の先を妖魔へと指向する。
「ハッ!」
飛行能力を持たずここまで滑空で飛んでいたアルが不完全な悪魔羽で落下速度を殺しつつ能力を解放。
同時。天使が展開したものと同数の武装が遥か下方に広がる大地から精錬され弾かれたように上空へ到達。アルの後方で一度停滞したのち、射出される。
妖魔アルは『武具』という一点においてのみ類稀なる才覚を突出させている。その一家言は並大抵を凌駕した感覚を有していた。
見れば大体の出自や由来を読み解くことが出来る。全ての人外を見ただけで看破し特効を突くことを可能とする陽向家の『眼』の、下位互換とも呼ぶべきもの。
それを以てして、大天使が創り上げる数千の武装をそっくりそのまま模倣する。
同じ武器の形状、種類、強度、製法、研磨。そして完璧にコピーした武器を同じ速度で同じ角度から鏡合わせのように射ち合わせれば。
数千という規模の、武器同士の
神懸かり的な曲芸。これこそがここまでアルが単身で相手取れるはずのない大天使との戦闘を維持してこれた理由であった。
「小癪!不遜!!この創造の天使を前に真似事で抗うなど!」
ついにナタニエルはその手に握る槌を投げる。種々様々な刀剣がその切れ味と属性を爆散させる空中戦。黒煙と爆炎の合間を縫うようにしてあり得ない軌道を辿りながら回転する槌はアルの頭蓋を狙う。
「〝
回避不可能と踏んだアルが残る鉄屑から生み上げた槍を投げる。こちらも投射角度を大きく捻じ曲げて飛来する槌と真正面から衝突するコースを突き進む。
必中に対し必中。他全ての性能を蔑ろにして急造した『目標へ必ず当たる伝承の槍』は、しかし贋作故に押し負け砕け散る。それでもいくらか飛来速度を減衰させたおかげで頭部を殴打した槌の一撃にもアルの首から上は繋がったままでいられた。
激しい出血。脳を揺さぶられたアルが地表への激突間際に雷竜に回収される。真銀の祝福を受けた今のヴェリテであれば飛んでくる兵装の数々を躱しつつ撃ち落とすことも難しくはない。
血の雫を散らしてよろめきながらもヴェリテの背で起き上がったアルをさらなる刀剣の追撃が襲う。
「いい加減に死ね。貴様の死骸は駄作の刃を生み出し続けるだけの機械として私が再利用してくれる」
『アル下手に動かないように!振り落とされますよ!』
「だークソ、わかったっつの」
迎撃を諦めヴェリテの鱗にしがみつくアルを追って弾丸よりも速い近接武装の速射が連続する。
なんにせよ役割は果たした。あとはあちらのやり方次第。
アルの頭をカチ割った槌は、まだ大天使の手元へ戻っていない。
「っ…」
気配二つ。左右を挟んで少年と少女が空を翔けて大天使を挟撃する。
(自棄?)
とても勝算のある動き方ではない。紋様の陣を足場にして空を跳躍する少年は童女を小脇に抱えたまま残る片手で刀を振り被っている。挙動があまりにも遅い。
先に仕留めるべきを定め、指先を軽く動かす。それだけで創造された武装は瞬く間に人間の脆い肉体に風穴を空ける。
だが。
「…っ!?」
いつまで経っても武器は放たれるどころか創造すらされない。息をするように展開していた権能が働かない。
既にして少年との距離は二メートル半。刀身はまだ届かない。
こうなればと愛用の槌での殴殺を決断する。大天使としての行いにしてはあまりにも泥臭く薄汚いが、この際矜持は二の次だった。
だが。
「なん、だ。なんだという!?」
それすらも、また。
投擲したとてすぐさま手元に舞い戻るであろうはずの天地乾坤の槌は慣れ親しんだ利き手へと戻らない。
互いの距離は一メートル半。刀身はまだ。
何かがおかしかった。
そもそも少年の方も妙だ。強化装置たる和装の童女を身体から切り離して抱えているのはどういうことか。
見れば少年が足場に使っていた刻印紋様の陣も消え失せていた。今少年は、何の能力も用いずにただ大天使へと跳び掛かっている。
この小さく狭い空間内でだけ、天使と人間は己が十八番を全て使わず対峙している。
あまりにも奇怪にして奇妙。背後で少女は小さく笑う。
あらゆる異能異質を封じて無効化する問答無用の半径三メートルが大天使の思考を完全に惑わせていた。
互いの距離はついに。その刀身はもう。
「貴様ッ、らぁ!!」
切迫した怒声にも少年は応じない。
生身の身体の人間の腕力で振るう非力極まりない一閃が、権能と加護を剥がされた天使の片腕と片翼を断ち斬った。
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