吼え猛る戦士達


 正体不明の『砂時計』が猛威を振るう領域へと強引に引き込まれた大天使ナタニエル。それを好機と捉えたのはそれまで『砂時計』と対峙していた者達。

 すかさず手を打った彼らの挙動にすら気が付かぬほど、今のナタニエルは動揺していた。

 飛行ユニットから切り離され、落下傘で次々と降りてくる巨大人型兵器。それだけならばまだ対処を考えられた。

 問題はそれらが大きく太い両腕で機体ごと接続して抱えている砲身にある。

 〝電磁投射加速散弾砲レールショットガン〟。そう呼ばれていた兵装モノを人型兵器は装備して降りて来ていた。一機の例外もなく、全てが。

 つまりは百門もの電磁兵器がヴァリス及び下級天使達へと向けられている構図。

 常識的に考えてありえない。

 コストだのエネルギー問題だの、そういった類の話ではなく、そもそも大前提として。

 

 まさか試験運用も無しにあれだけの規模を誇る砲を百も前もって創り出しておいたとでもいうのか。

 だとしたらそれは。

「気が触れているぞ、貴様ッ!」

「知ってる。うまくいってて何よりだ!!」

 現場でのぶっつけ本番を押し通してアルは傑作とばかりに高く笑いながら掴んだ大天使を前方へと放り投げる。

 その先には『砂時計』。そしてそれらを相手取っていた人の陣営。

 二つの勢力に挟み込まれ、大天使は再びその表情に生物らしさのある焦りと怒りを滲ませる。

「おら、オモチャ遊びの続きだ大天使。出せよ残りの武器ぜんぶ

 露骨な挑発にも応じる余裕さえ無くし、ナタニエルは片手の槌を空へと掲げる。

 再度展開された無数の武装が四周に矛先を向け、見開いた瞳と同時に爆発的な推進力を得て全方位へと射出された。




     ーーーーー


 全てにおいて問題とされるものがあった。

 資材はある。構想はこの世界の技術担当が貫徹で図面を仕上げた。

 非戦闘員だけでも人材は十分に確保できた。

 唯一最大の問題は、それらを組み上げること。実用可能段階まで持っていくこと。課題は時間との勝負だった。

 そして時間は。時間だけは。

 何故か


 米津玄公斎に叩き込まれた不可思議な空間。そこでは時間の流れが異なり、実世界での一日が此処では一年にまで引き延ばされるのだという。

 そこには一年分の食料と、一年掛けても足りるかどうかというほど大量の加工素材が山と積んであった。

 対天使戦、対巨人戦で必要となるだろう兵器。頭の中でだけそのイメージは確立されていたが何分現実の世界で試し打ちなどしている時間的余裕は無かった。己の構想が確かなものと自負し、一回の修正もなくそのまま電磁加速砲を百、創り上げた。

 同じ作業の繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し。何度か気が狂いそうになったアルだが、その度に自らが鍛え上げた一刀を振るい道場内を粉砕させて鬱憤を晴らしながらせっせと作業に勤しんだ。

 百日と掛からず作業を終えられたのは実に僥倖だった。アルにとっても、鬼の元帥閣下にとっても。

 次いで外界から運び込まれたのは竜の素材。山のように大きな竜から無駄なく剥ぎ取った素材の山。

 黒抗兵軍の隊士達へと与える装備を創るように追加で指示された時、その空間内では三日三晩に及ぶ剣戟の死闘が繰り広げられた。もちろん疲弊したアルが米津公に勝てるわけはなく、そこで体力を使い切ったままさらに二日を消費。

 共に一年空間へ入っていた心のオアシスたる白埜の存在を活力にしながらさらに作業に明け暮れ。全ての素材を武具として創り終えたのは三百と六十三日目のこと。

 とても二日では疲労が抜けきれず。結果として現実世界に帰還した直後もアルは戦場たるミナレットスカイに着くまでの間竜の背で爆睡することとなった。

 ほぼ誰も知らない事の顛末はそういったものである。




     ーーーーー


 流石に百門もの電磁砲の製造に手一杯で『滅神弾』までは創れず強度劣化鉄塊を弾として装填しているが、それでも数にものを言わせればそれも些事の内だ。

 砲身耐久は変わらず三発分で自壊する程度。だがそれでも三百発の電磁気力の弾幕。

 人であれば肉片も残らぬ猛攻を受け、空を舞う天使達は次々と四肢を失い翼を喪い朽ちていく。

 三発を撃ち切った人型兵器は砲身内部に付属させていた無骨な剣を自壊した砲内から引き抜き近接戦へと持ち込む。当然、その最中も残る飛竜と救世獣、地上からの援護射撃は続いている。

 もはや山岳地帯であったミナレットスカイの景色は見る影もなく、完全な焼け野原と化した大戦場で喧々囂々とした悲鳴と怒号が飛び交う。

 二射目で歩行能力を喪失したのかずっと不動を貫いているヴァリスへの道も開けつつある。残るビーコンで最後の三射目を撃てばひとまず巨人との戦いは決着がつく。

 人型兵器の算入で陣営内にはどこか安堵した空気が流れていた。無論まだ気を抜ける状況ではない。だが確実に近づく勝利に歓喜が勝っているのもまた事実。

 そんな雰囲気を、巨人の叫びが掻き消した。

 手近にいた飛竜とそれを駆る隊員が世界から姿を消す。物理的に、視覚的に、いたはずの姿は真紅の尾を引いて抹消される。

 一瞬だけ通過したビーム砲。閃光を帯びる両目から放たれるその密度が明らかに変わる。目視では回避困難な攻撃。暗雲より堕ちたあの光に酷似した脅威に全体が狼狽える中、巨人内部より全ての下級天使が吐き出される。

 吐き気を覚えるほどに空を染めるホムンクルス達が武器を手に飛び出す。

 正念場を理解しているのか、活発化したヴァリスの動きに当てられるように再び闘志を燃やし雄々しく叫び返す兵軍の勢力が鏡合わせのように天使達へと突撃を開始した。

 間もなく。もう間もなく。

 勝敗は決する。

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