天空を散らせ、荒ぶる翠風 (後編)


 大天使の発動した光に満ちる空の中。飛び込んだ者の末路など決まり切っている。

 それでもシュライティアは飛び込んだ。己の最大風力を以て死をもたらす極悪な光を生み出す雲を散らし、そして同時にそれらの全てに刺し貫かれて。

 悔いはなかった。後に託せる仲間が多くいる。それらを守れた。それらに繋げた。ただそれだけで風刃竜の胸中は満ち足りていた。

 だから、かの竜は晴れ渡る晴天の只中で静かに目を瞑る。

 …………。

(…な、んだ?)

 ところがいつまで経っても意識は途絶えない。知らぬ間にこの世を去ったのかとも考えたが、未だ騒乱は下界で巻き起こっている。ここはまだ常世。ほとんどの高山が更地と成り果てたミナレットスカイの上空だ。

 己の身体、竜の躰をゆっくりと見下ろす。その身に光が貫いた痕跡はひとつも見当たらなかった。

 妙な解放感がある。竜種としての最奥にあった枷が解き放たれたかのような身軽さ。全能感。普段扱っている風でも大気でもない別種の力が胎動し放出されていたのをようやく自覚する。

(ああ。そうか…これは)

 全てがゆっくりと流れていく。鬩ぎ合う敵も味方も、目まぐるしく展開されていく攻防も、時の経過ですらがシュライティアの体感の中で緩慢なものとなっていた。

 ひとつ思い出したことがある。

 火竜炎竜の系譜は代々からその頂きに立つ者が祖の名の一端を襲名・継承していたという話。

 それは竜種の中でも一際闘争というものに関心を示していた火の一族だけの特殊な習わしではあったが、それに近しいものは他の一族にも伝わっている。

 種の奥伝。必ずしも全ての代で伝わったことはなく、むしろその領域に行き着いた者の存在すら希少である最奥の覚醒。

 これだけはどの一族にも共通して祖の真名を戴くことが定められていた。

 鱗は輝く。よりはっきりと目立つ翠の煌めきが陽光を照り返す。

 纏う風はもはや大気だけではなく空間すらも揺らめかせ、彼の滞空するそこだけは不自然に景色が歪んでいた。

 これなるは竜としての最終奥義。最終形態。いつか至るであろう覇道の末。いくつもの枝が分かれるひとつの果て。

 〝祖態モード・『流皇ノーム』〟。

 『ながれ』たるファルケノームが扱う力の一端を隔世遺伝に似た擬似継受で引き出した。

 極限下の状況において己が信念と決心が呼び寄せた究極の出で立ち。

 即死させる無数の光を空間ごと捻じ曲げて、これがシュライティアが存命している事実への真相である。

(まだ、ここは、我が散る戦場ではないという、ことか!)

 吼えるシュライティアへと殺到した無数の刀剣はその全てが直線的な軌道を不自然に歪められ、大きく弧を描いて他の下級天使達へと貫通しながら地表へ落ちていく。

「馬鹿な、神力を帯びた正真正銘の『武器』に干渉するだと…」

 〝天使の梯子〟を破った竜種を始末するべく権能を指向したナタニエルが理解し難いものを見るような目でシュライティアを見上げる。神から賜った御業が、たかが竜如きの性能に出力差で押し負けたというのか。

「ナイスだ、シュライティア!」

 その隙を見逃す妖魔ではない。それどころか眼前でこれまで戦っていたはずの自分から目を離したことに憤りすら覚えて、アルはナタニエルの顔を片手で鷲掴みにしたまま空中を真横に突っ切っていく。

「ぐっ!?貴様、我らに造られただけの低俗な生命体が、汚い手で触れるな!!」

「生憎と俺らはテメェらの造った世界で生まれてないんでなァ!!」

 アイアンクローを極めた状態でのゼロ距離戦闘。互いに自分の手で武器を持つことなく、その極めて近しい空間内で無数の武装が互いの切れ味を競い合うように叩きつけ合われる。

 飛翔を知らぬ皮膜の破れた悪魔の翼で大天使ごと滑空していくアルを追跡するヴェリテは、その行く先に気付き声を上げる。

『アル!?まさか貴方、手というのは!』

「これしかねェ。なんせ攻撃が馬鹿みてェに通じないと来た。ならッ」

 その先。巨人の進路より少し前方。

 神造巨人ヴァリスほどではないにせよ、見上げるほどの大きさを誇るが爆炎を撒き散らしながら空間を滅ぼしていた。

 純粋な武力とも威力とも異なる、問答無用の『崩壊』がその大口を開けている。その最中へとアルは大天使諸共突っ込んでいた。

「目には目を。神性インチキには魔法インチキをってことだろ!」




     ーーーーー


 タイミングを計っていた。

 初手、慢心に驕る大天使を放置しての最低限の戦力での突破。

 次手、竜種を主体とした吶喊。

 最後。巨人を殺す三射目にまでは間に合うように話を付けてはいたが、これほどに都合が合うとは思っていなかった。

 飛竜隊は半数がここまでの戦闘と〝天使の梯子〟によって落とされた。残る地上部隊と機械兵軍を使っても最後のダモクレス発射には漕ぎ着けられない。

 だから最後の手にはどうしてもこの力が必要不可欠だった。


「ったくよ」

 アルは大天使との決着をつける為に『終演』の土俵へと乗り込みながら呟く。


「随分と待たせるじゃないか」

 数えきれないほど多くの救世獣を使役しながらカルマータはあえて余裕を装った表情で呟く。


「「いやでも、ほんとに、待ってました!」」

 己がブレスと背で懸命に弓を射る遥加とエヴレナが汗を散らしながらも歓喜の声を張る。


 そして。

 


『待った?じゃあごめんね』


 轟音、轟音。次いで轟音。

 空から落下する巨大な黒色の人型。その体躯は砂時計の『終演』にも比肩するほどの全長。

 それが次々とミナレットスカイの山々を踏み潰しながら大地に着地していく。

 片道分だけの燃料を積んだ即席飛行ユニットに乗って、空の彼方から続々とやって来る同型の巨大人型兵器。

 その第一機目の頭部に乗っていた魔術師は通信機越しに呑気な声と言葉で謝罪しつつも、期待以上の大勢力を連れて最終ラウンドの舞台へと颯爽と馳せ参じた。


『注文通り、魂を実装した人型決戦兵器百機をお届けに来たよ。んじゃ始めよっか、スーパーロボット大戦?ってのをさ』







     『メモ(information)』


 ・『風刃竜シュライティア』、新たなスキル〝祖態モード・『流皇ノーム』〟を獲得。


 ・『死霊術師トゥルーヤ』、現界術にて呼び出した魂を装填した自立機動人型兵器百機を率いてミナレットスカイへ現着。




   〝祖態モード・『流皇ノーム』〟

 風刃竜シュライティアが覚醒した新たなる力。というよりは祖先より引き継いだ最古の属性の一端。

 あらゆる『流れ』を掌握する力。本来であれば時にすら干渉することを可能とする力だが、代を重ね過ぎた今の風竜シュライティアの時代ではその性能も大きく低減している。

 それでも空間のベクトルを操作して直線・曲線に問わずあらゆる攻撃の流れを捻じ曲げ逸らす、あるいは任意の方向へと操作・反射することが出来る。多様性と汎用性においては無数の可能性を秘めた能力。

 真銀竜エヴレナが展開する〝秩序の祝福カリスマ〟・〝真銀の眷属〟が同時発動した戦場でのみ使用可能。


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