天空を散らせ、荒ぶる翠風 (前編)


 光がひとつ瞬く度に、空を舞う飛竜がひとつ墜ちていく。

 曇天は暗雲と成り、雲中より轟く光は稲妻のように視認出来ぬ速度と軌跡でこちらの陣営を削り取っていった。

「んなっ!?いきなりなんだ…空から光が…ぐぁあっ!!」

「要警戒!竜種が一撃で落とされる攻撃だ!ひとつも喰らうな!!」

「無理だろ光った瞬間には直撃してんだぞ!?」

「しかもそこら中にいる天使を押さえながらだなんて…!」

「術師出張れ!結界で威力を減衰させろ!」

 『桔梗』の飛竜を駆る兵軍の戦士達は初手で五騎が即死した時点で各々に対処を定めようとしていたが、周囲を常に下級天使に囲まれた上で空からの発光にまで気を回す余裕などは無かった。地上部隊が強化や結界の術で最大限の支援をしてはいるが焼石に水であった。

「救世獣を空に張る!飛竜は回避か防御に専念しな!」

 その中で機械兵団を束ねるカルマータが即座に手持ちの救世獣を空へ上げて防壁を展開するも、これが如何ほどの効果を表すものかはさしもの大魔女とて予想がつかない。それほどにこの攻撃…否、光撃は熾烈にして強烈なものだ。

 真銀竜の恩恵を受けた『世界の敵』に対抗する力を有する竜種の最大速度でも捕捉され、その強度を以てしても一撃で撃ち貫かれる。

 もはや巨人自体の脅威よりも、空から降る死の光の方が数段優先度に勝るものと化していた。

 さらに大天使ナタニエルの存在。

「死ぬがいい、絶えるがいい。その死骸を用いて天使を創り、その素材を用いて我が武器としよう」

 創造される武装の数は初期より三倍、四倍、それ以上かもしれない。もはや視界に留めておけるほどの密度と総量ではなくなっている。

「…アル。手は?」

「一つ。だが…それもこのお空がこうも邪魔してくると厳しいなァ」

 被弾面積を減らす為に人化したヴェリテは雷速で回避しつつ打開策を頼り、アルは無数に生成した武装を遠隔掃射して迎撃しながら答える。

「チッ、おいヴェリテ!お前ならあの雲散らせるんじゃねーの!?」

 片刃剣を手に刻印術で生み出した投影陣を足場にして空を跳ね回るディアンの案も、雷が尾を引く戦槌で刀剣の一群を薙ぎ払ったヴェリテは苦い顔で首を左右に振るのみ。

「到達は可能でしょうが、私の雷では雲を晴らすような攻撃は出来ません!」

「大丈夫じゃないかしら」

 皆が切迫した様子を見せる中、緑色のワンピースを翻しながら人化状態のアプサラスはおっとりとした調子でその焦燥を緩和させる。

「何か根拠が!?風竜アプサラス!」

 確たる保障も無く放たれた言葉に若干の苛立ちを含ませて問いかけるヴェリテに、アプサラスも臆することなくにっこりと微笑んで集う風を使って剣の猛攻を食い止めながら、言う。

「あの子が行ったもの。昔からヤンチャで、本当に困った子が、ね?」

 その言葉には、同胞同族たる者に対する絶対の信頼があった。




     ーーーーー


 その昔、古には世界の流動総てを掌握し管轄する者がいた。

 名をファルケノーム。『ながれ』を冠する〝最古の属性オールデスト・ワン〟の祖竜。

 そこから分派したのが風竜。大気の流れを司る一族。誰よりも速く異世界渡航の技術を生み出せたのも、彼らが時と空間の流動すら身に感じ操ることが出来た祖竜ファルケノームの末裔だったからなのであろう。

 だからこそ動けた。光が瞬くほんの少しだけ前。上位竜種たる風刃竜シュライティアはこの戦域に満ちる異常異質な空の『流れ』を読み取り感知し、そして飛び上がった。

 既に四門の吸気口全てを使用した噴出上昇にて下級天使の追撃など話にならない速度を得ている。もとよりここが高空に近しい山岳地帯だったのも幸いし、暗雲立ち込める天空へ至るにそれほどの時間は要しない。

 問題はあの雲に突入してからだろう。

 下界に位置する陣営があれだけの損耗を受ける回避不能な光の槍。その渦中へ飛び込む。数撃は耐えられるであろう上位竜種とてその行為は自殺に等しい。

 だがやらねばならない。風を操るこの身であれば死より前に雲を晴らすことが出来るはずだ。

 下で戦い続けている仲間の為にも、なんとしてもここは成し遂げねばらなない。

(……ふふ)

 直上に飛翔するシュライティアは、自分の中で渦巻くそんな感情にふと笑みを漏らした。

 闘う為に、死合う為だけに竜の威光が滅びゆくこの世界に居残ったこの身が。猛者との死闘を望んで、これまで無数の心躍る戦を経てきた己が。

 まさかそんなことの為に動こうとは。

 これまでの自分であれば、周囲の損害など考えもせずに喜々としてあの巨人や大天使に命を懸けた戦いを挑んでいただろうに。

 今は自分ではないものの為に空を翔けている。

 他者の為に、世界の為に。自分だけではないものを見て、広い視界の中でこのそらを見ている。

 脳裏に、いつもの甲高くも必死で一生懸命だった小さな少女の声が蘇る。

 『銀天』は、いつもそうやって自分ではない何かの為に戦い続けていた。

 なるほど、と風刃竜は納得する。

 自身を下した雷竜も妖魔もそうだったのだろう。

 だとしたら、全くなるほど。

(勝てるはずがない)

 あっさりとそんな事実を飲み込む。何度やったって、これまでの自分では彼らに勝てるはずはなかったのだ。

 今自分が抱いているこの全能感。何かの為ならなんだってやれる。誰かの為ならどんなことだって成し遂げられる。

 こんな気持ちでいられる者達が、どうやったら負けられるのだろうか。

 事実として、今のシュライティアには微塵の不安も無かった。

 確実に遂行し、この『次』に繋げよう。

 たとえそこに自分の姿が無くなっていても。


『ォオ、オオオオオオァァアアアアアアアアアアア!!!』


 風の竜は空へ舞い上がり、光満ちる暗き雲へと身を投げ込み。

 大いなる翠緑の暴風は、全ての雲を散らし再びの陽光をミナレットスカイの山々へと降り注がせた。

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