第二射と最終ラウンド


 同じ世界に端を発する情念の怪物。終わりを始めるもの。

 出来れば自分も馳せ参じたかった。あの世界の女神として、世界を同じくするものとして、なんとしても止めねばならなかった。

 だが、叶遥加はそんな意志を貫くことはしない。厳密には、敵の物量がそれを許さなかった。

 誰よりもいち早く飛び出た夕陽と、それを追って戦線を抜けた日和だけが唯一『終演』への援護として向かうことができた。

 前後はおろか上下左右に至るまで翼持つ天使に囲われた状態では増援はおろか現状の維持すら難しい。その中で飛竜群『桔梗』は最大限の戦果を挙げ続けていた。

 真銀竜エヴレナによる二重の超強化バフ。この戦場に限り竜種は戦闘機を越える速度とミサイルを越える威力を叩き出している。

 当然それに伴う自壊作用は起こっている。骨格が歪むほどの負担、筋繊維が秒単位で千切れていき、少しでも気を抜けばたちどころにその肉体は四散することだろう。

 だが飛竜達は退かない。ほとんど野生化し本能のみで立ち向かう彼らとてこの一戦が世界の命運に関わるものだと理解しているのか。はたまた戦いそのものに享楽を見出す竜種本来の気質がそうさせているのか。

 救世獣の捨て身上等の援護もあって、数十数百倍の戦力差は瀬戸際のところでなんとか均衡を保たんとしていた。

 大天使は完全に標的をひとつに絞り容赦ない武装の雨霰を降り注がせている。巨人ごと覆い包む莫大な量の刀剣を迎撃し、あるいは強引に掴んで逆に自らの掌握下に置きながら、妖魔アルは血にまみれ吼える。雷竜ヴェリテとディアンもその戦闘へ飛び込んでいくのが視界の隅で見えた。

 大天使は個で押さえ切れるような存在ではない。よほどの規格外でない限りは多数の精鋭戦力で相対すべき。

 それがわかっていて、あえて遥加は自らが乗っている真銀竜へと提案する。

「今が好機だよエヴレナちゃん!私達でやろう!」

『了っ解!』

 ビーコンのひとつは彼女達が持っている。命を削り活路を開く飛竜とそれに騎乗する兵軍の戦士達。大天使を前に一歩も退かず血を流し続けている仲間達。目まぐるしく移り変わる景色の中で、竜の眼は確かな突破口を見出した。

 さらにその小さく細い突破口を、遥加とマルシャンスの援護射撃が補強する。

 ギリギリまで翼を折り畳んで蕾のように体躯をすぼめたエヴレナの突撃が、壁や弾幕と化していた下級天使の防衛網を破り抜く。

 僅かな間隙。エヴレナから跳び下りた黒い修道服の女性が懐から取り出したビーコンを巨人の頭部に張り付ける。

「ウィッシュちゃん……いえ、その前に」

 吸着したのを確認し、ゆらりと立ち上がったシスターエレミアの瞳には不穏に揺れる灯があった。

 敬愛する女神に仇成す不遜者。絶対的な女神への忠義を胸に、今だけは妹のように庇護愛を向けていた少女のことを意図的に頭の中から弾き出す。

「異端の輩。リア様が統べるこの世で侵略を行う悪性。その癌を切除します……!!」

 全身を纏う聖別された装備の数々が注ぎ込んだ魔力に呼応し唸りを上げて天使達を薙ぎ払った。

「止めなさい」

 大天使ナタニエルが生み出す剣の一部をビーコンを防衛するエレミアへと向けるも、その刃は全身から血を流すアルと雷纏うヴェリテの巨体が届かせない。短く舌打ちし、自らの手で仕留めんと翼を大きく広げた時。

「いいえ?」

 一切なんの気配も無く、ナタニエルの背後を取った女性がおっとりとした声色でその挙動を制する。

「貴様、風竜!」

「させないわよぉ、もちろん」

 ウェーブ掛かった銀髪をなびかせて、緑色のワンピース姿の女性が短い裾から伸びるしなやかな脚を思い切り振るう。

 人化状態となって大気に姿を溶け込ませていたアプサラスが、ナタニエルの胴を折り曲げて強烈な脚撃を見舞う。

 くの字で吹き飛ぶナタニエルが翼で勢いを殺し切る頃には、別の一手が差し迫っていた。

 視界の先には自らの姿。己を映す無数の鏡面に囲まれているのに気づく。

「もう一丁、いくよ」

 声に振り返るも既に姿はなく。大魔女の展開した鏡面魔術は檻のように大天使を包囲していた。

 そこへ、彼方から乱射されたいくつもの大火球が集中する。当然、カルマータが鏡の魔術で意図的にかき集めた、『終演』による業炎デッドエンドである。

「〝反鏡陣・終篭ついろう〟」

 鏡で作られた檻の中で火球は爆ぜ、鏡面に吸収された爆炎はさらに威力を倍増させて跳ね返る。その爆炎はまた別の鏡面に取り込まれ、さらに倍増。

 魔力続く限り無限回の反射を行う爆撃のミラーハウス。女神の加護を受けた大天使とて、これほどの密度と連続性ある爆裂に襲われてしまえばそうも容易く脱することは叶わない。

 高性能なアンドロイドは一切の無駄なく二射目の準備を整えていた。飛竜達の血で赤く染まる空で下級天使達だけではその砲撃を止めることは出来なかった。


「さァて」

 巨大な光柱が墜ちて巨人がゆっくりと頽れる様子を背に、射線上から離脱したアルはヴェリテの背中で嘲笑うように悪魔めいた血塗れの笑みを向ける。

「あと一発。それで終いだ」

 その声を聞いていたのか。

 爆撃を続ける鏡面体の一枚が内側から巨大な剣で破壊され、そのまま縦に大きく振るわれた大剣が全ての鏡を粉砕した。

「…………」

 茶髪のツインテールは幾房か焦げ付き、束ねた団子状の髪型も片方が解けている。白いローブも随分と焼け焦げ、その肌にもほんの少しの火傷が見て取れた。

 カルマータからしてみればあれだけの大技でその程度のダメージかと呆れるところだが、それよりも意識が向くのは大天使のその表情にあった。

 無。

 一射目までは全生物を見下したような冷徹さを、つい先程までは低俗な生命体が造物主に弓引く行いに憤りを露わにしていた。

 鏡の牢獄を脱した今の大天使からは、これまでのある意味だったものが全て抜け落ちている。

 自らの世界における天使・神を知っているアルは、それを見て勘付いた。

 本来の大天使たる存在に回帰したのだと。

「…注意しろ、コイツはっ!!」

「―――来い」

 全軍に対し警告するアルを尻目に、大天使ナタニエルは静かに片手を空へと伸ばす。

 指先の伸びる先。暗雲立ち込める天から、瞬く純白の光が総員の網膜を麻痺させた。


「〝天使の梯子〟」

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