始まるエンドロール


 飛竜から跳び下り、まだこちらに気付いた様子のない形の崩れた少女へと一撃を叩き込もうとしていた夕陽だったが、直前に空中で身を翻し大道寺真由美とクロキンスキーの眼前へと着地した。

 彼自身には悪寒や嫌な予感としてしかそれを感じ取れなかったが、『崩壊』なる影響を第六感で認識したが故の緊急回避行動であった。

 あるいはそれはあの一年の中で到達したひとつの察知能力だったのかもしれない。

「夕陽さん」

「大道寺!近づかずに倒すにはどうすればいい!?」

 援軍に駆け付けたはいいが、この距離から振るった飛ぶ斬撃はグズグズに溶けては形を成していく少女のもとへ届くよりも前に崩れ去って消えてしまう。何か特殊な能力を放出しているのは明白だった。

「私が『反魔アンチマギア』で打ち消しながら接近して倒します!援護をお願いしてもいいですか!」

「もとよりその為に来た!行くぞ幸ッ」

「クロキンスキーさんは下がっててください!」

「言われずともっ」

 中年の男が躊躇いなく山頂から跳び下りたのを確認して、夕陽は地面を思い切り刀で叩く。

 〝倍加〟を巡らせた振り落としは大地に蜘蛛の巣状の亀裂を奔らせ、一瞬後に地面を崩落させる。

 足場を無くして落ちる三者。その中で一際大きな岩まで跳躍で移動した夕陽が渾身の脚撃で大岩を少女へと叩き込む。

 凄まじい質量を持つはずの大岩は、輪郭が崩れ続ける少女に近づいた途端に喰われるように消失した。

(なるほど。あれがライン)

 『崩壊』の射程圏内を理解した夕陽は次に拳大の岩を手に取り全力で投擲。

 目にも止まらぬ速度で迫ったそれも、やはり同じ範囲内で消え去った。

(速度で押せるわけでもない、か)

 ミナレットスカイの高山頂きから落下しながら四周の岩盤を崩壊させながら、少女はまともに見えているのかもわからない両目を夕陽へと向けた。

 そして大紅蓮業火球を生み出し放つ。今度は三発、一人の人間を殺すには余りある殺傷力が頭上から落ちてくる夕陽を狙って昇った。

(全部は無理…だが!)

 摂氏三千度、直径五メートルもの火球を断ち斬るなどという離れ業はそう簡単ではない。よしんば領域ゾーンの効力を〝倍加〟で引き上げ上限突破した性能を展開しても二発を凌ぐので限界。

 悟った自身の想定通り、二発目を斬り捨てた時点で迫る三発目には対応し切れなかった。肌を炙る焔に眼球の水分が蒸発しそうになる錯覚。だが夕陽はまだ勝負を捨てない。

 彼と火球の間に、機械の鳥が割り込む。それはカルマータが無数の救世獣を従える中でこちらに遣わせてくれた雀型機械兵タイプ・スパロー

 さらに高等技術でもある魔術の遠隔起動展開。大魔女たるカルマータの技量とオルロージュとのリンク術式を応用した離れ業から、機械雀の視覚を通して最適のタイミングで魔女の鏡面魔術が発動する。

 巨大な鏡が、業火の球を呑み込んで真逆へと反射した。

 当然崩壊の魔女には届かない。精々が周りの石礫を蒸発させ視界いっぱいに広がる程度。

 この一瞬を待っていた。

(ここっ!!)

 完全に意識は夕陽へと向いている。加えて視界不明瞭。横合いから水色の刀を手に突っ込む大道寺真由美へと指向する火球デッドエンドは間に合わない。

 落下し続ける中、最大の好機を突いた真由美の一刀は。


『……、―――』

「くっ…!」


 少女の粘ついた右肩を穿ち、鎖骨を砕き、右腕を分離させたが、

 死滅させるには至らず、それに対し誰よりも危機感を抱いたのは真由美本人だった。

 この時点で山の崩落は地表まで到達し、崩れ去った高山が新たな低い山を形成していた。

「ぶはっ!」

 落下最中での無理な動きでそのまま崩落に巻き込まれていた夕陽が慌てて瓦礫から手を伸ばして這い出てくる。〝憑依〟で一体化している幸はもちろん、着ているスーツの内ポケットに入っていたロマンティカも無事だった。

「大道寺!あいつは…」

 完全に抜け出して刀片手に粉塵の中で見つけた真由美へと駆け寄る夕陽が、数歩進んだ時点で足を止める。

 『終わり』。

 先見の技術を会得していた夕陽の脳裏に唐突に浮かんだのはその文字。大天使や巨人を前にしてもまだ可能性を見出せていた感覚が、ここにきて途絶える。

 絶対的な終焉がこの先に在ることを感じた。

「仕留、め…られなかった」

 立ち尽くす真由美の様子から見ても、夕陽の感覚が勘違いや錯覚ではなかったであろうことを証明している。

 やがて晴れた粉塵の先。果たしてそこに鎮座していたのは大きな大きな、とても巨大な砂時計。

 上部に溜まる砂が落ち始め、全てを崩壊させる圏域が急速に広がる。

 同時に火球がいくつも砂時計の周りで燃えて形を整える。数えられるだけでも三十以上。

 どう考えても、どう足掻いても。

 止められない。避けられない。防げない。逃げられない。

「っそ、クソッ……すみません、すみません!!」

 だから少年は叫ぶ。己の無力さを悔いながら。

 辞世の句ではなく、はたまた絶望の悲鳴でもなく。

 

「お願いします、助けてください日和さん!」


 全てのエリアと世界の全てを滅ぼし尽くすに足る火力と『崩壊』の魔法がミナレットスカイを起点にして膨張して。

「もちろんさ。世界の救い方を見せてあげよう」


 呼び声に応じて瞬間移動してきた女性が、世界の終わりを止めに掛かる。




     『メモ(information)』


 ・『ラストコール・エンドフェイズ』、ネガ堕ち。世界崩壊のカウントダウンスタート。


 ・『日向日和』、急行。

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