そして得たもの


 日向夕陽と座敷童子の幸は文字通りの一心同体の関係であり、双方が双方の性質と気配を持っている。

 そしてこの関係上、力の出入も実のところは自由なのである。普段は夕陽が借り受け行使している力を、逆に幸に流し込ませることもできるということ。

 もちろん幸に戦闘行為などをさせる気が無い夕陽が行うはずもないが、利点として一つ挙げられるとするならば、それは。

 力を受け渡した側を『日向夕陽』だと錯覚させられる点。




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「よっと」

 振り抜いた刃を鞘に納め、落下する幸を両手で受け止める。

 正直博打だった。かなり冷や冷やした。

 こうでもしないと日和さんの不意など突けなかったから。逆に日和さんを驚かせ一瞬でも隙を作るには、普段の俺ならば絶対にしないことをしなければならなかった。

 だから力の大半を幸に預け、あの三人が生み出してくれた数瞬間の猶予の内に〝憑依〟を解除し、分離した幸を日和さんの真上へ放り投げた。

 もちろん同意の上ではあったが、決意にはそれなりの覚悟が必要だった。もし間違って日和さんが幸を刺し貫くような事態になったら、と考えたら。

 結果としては信頼通り、日和さんは察知した真上の気配へ刃を向ける前に止めてくれたし、その隙で一撃を与えることはできたが。

「すまん幸、怖かったろ」

「……?」

 そんな俺の言葉に、腕の中の幸はきょとんとした顔を向けた。まるで彼女にとっては恐ろしいことなど何一つなかったと言わんばかりに。

 それだけ俺を、日和さんを信じていたということか。

 何気に一番肝が据わっているのはこの子かもしれない。

「とにかく。日和さん、これでもう」

 幸を降ろしつつ背後を振り返る。どうせ決戦礼装とやらでダメージはほぼゼロだが、約束は約束だ。もうクローンには手を出さないはず。

 そんな楽観視が一瞬で終わったのは、眼前でクローン二人を囲う陰陽の文様が陣を結んでいるのを見てから。

 つまり割り込むのも完全に手遅れの段階だった。

「葵!茜っ!」

 陣の外側には鎖で簀巻きにされた銀翼の天使が二人の名を叫んでいる。同様に鎖で雁字搦めにされた二人も先の戦闘で力尽きたのか、鎖を振り解く余力も無いらしい。

「〝晴和は陰り、仰ぐ重陽は曇る。なれば次に明けゆく空は〟」

 着物の袖から片手を突き出し何かを唱える日和さんの術式が練り上げられていく。地面に横倒しにされたクローン二人へ、日和さんが言葉を掛けた。

「名は」

「「え……」」

「貴様らが日向日和わたしではないと言い張るのなら、その名を示せ。嘘偽りのない自らの存在を明かせ」

 二秒ほど呆気に取られて、それから勢いよく応じたのはやはり活発な子の方。次いでおどおどした子が続く。

「茜!」

「あ、葵!」

「……はあ。〝それは晩夏の兆し。豊穣を招く初秋の招き。その陽は安穏たる祈祷の赤晄〟」

 二本指で差した先の茜の全身が淡く光る。

「〝それは終冬の刻言。常に日を見る諧調の雪華。その陽は晴嵐たる葵心の暁光〟」

 嫌々といった風で術式に仕上げを加えていく様子を、俺はもう止めようとは思わなかった。

 これはクローンを殺す術ではない。その逆の、生かす為の術。

「…貴様らはこれより私という下地を離れ、まったく性質の異なる何かへと変わる。まったく何が変性だ。いいか、真に存在を変えるのならこのくらいは手間を加える必要があるのだということをよく見ておけ」

 横たわる天使へと説教を述べながら、二人を包んでいた光はやがてその内に吸収され消えていく。

「終わりだ。これで貴様らは本当の意味で私から決別した。早くどこへなりとも消え失せろ」

 言うが早いか、誰の言葉よりも前に日和さんは踵を返して出口へと向かう。その途中に立っていた俺とのすれ違い様、

「約束は果たしたよ。君の成長を見れたから悪いことばかりでもない、だから色を付けておいた」

 それだけ言って今度こそ出て行ってしまう。

 色、というのはあの術式のことなのだろう。ただ見逃すだけが約束の内容だった。だからここまでしてくれるとは正直俺も予想外だ。

「今のは…?」

 日和さんの退場に合わせてひとりでに砕け散った鎖によって自由を得た天使が、起き上がりながらに二人の様子を注視しつつ呟く。

 俺はあれを知っていた。

「真名付与、ってやつだと思う。存在を構成し直す、特殊な術」

 俺が『日向夕陽』と成った時と同じものならば、おそらくそうだ。

 日和さんのような特別な出自を持つ家系が所有していた、ある属性を持つ力を封緘した名を刻む術式。

 いずれ死ぬ逝く定めを持った『日向日和のクローン体』という存在が別のものへ再構成されたというのならば、それは一つの結論を示す。

「たぶん、もうその二人は普通に生きていけるよ。これはそのためのものだ」

 クローン体は『茜』と『葵』に成った。日向日和という最強の到達点、その経路を全て潰え失う代わりにまったく新しい誰かに変わった。

「え…じゃあわたしたち」

「お、お父さぁん!」

 きっともう、あの二人は日和さんの複製として使えていた全ての力を喪ってしまっているだろう。日向日和を離れるという言葉の意味は、まさしくそのままの内容を指す。

 でも問題ない。

 涙目で天使の少女に駆け寄るあの二人の表情を見れば、『最強』に行き着く未来よりもこっちの方が幸せだったんだろうことは一目瞭然。

 ほらみろ、やっぱりいつもハッピーエンドに持っていくのはあの人なんだ。

「叶わないよなぁ…」

「っ!」

 俺の言葉に頷く幸もにこにこ笑顔だ。

 結局なんだかんだ言おうとも、俺にとってはあの人が主人公ヒーローであることに変わりはない。

 今回の一戦は、そんなことを再認識するだけの児戯だったのかもしれない。


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