開戦前(ヴィラン)

東雲由音(♠)


「暇ぁ!!」

 休日の往来でいきなり叫ぶ不審者がいた。それを言ってしまえば彼の常時が奇行と捉えられてしまうことになるが。

 街をぶらぶら散歩しながらも、少年東雲由音は久しぶりに何も無い休日を謳歌―――出来ていなかった。

「誰も遊んでくれねえし!え、こんなことってある?俺だけハブられてんじゃねえのこれ!?」

 いつも誰かとつるんでいた反動か、いざ一人きりとなると何もやることが無くなってしまう。

 こうなったら一人カラオケを日が暮れるまでやってやろうか。そんな風に考え始めていた時のことである。

「ん」

 ぴくりと反応を示し、きょろりと周囲を見回す由音。今しがた、何かに呼ばれたような気がしたのだ。

(誰だ?知り合いの…声じゃなかったな。そもそも声か?あれ)

 機械音のようにも鳴き声のようにも取れたその音は、何故だか由音個人を名指しで呼び求めている。そう感じ取れる。

「…………ま、行くか!」

 どうせ暇なのだ。構わない手は無い。

 呼び声は横に見える、往来から外れた路地裏の先から。

「誰だー?用があるなら出てこーい」

 日中にも係わらず薄暗い路地の奥までずんずん進み、声を上げる。すると今度はしっかり言葉として認識できるものが返って来た。

『―――東雲由音ですね』

「うぉ!そうですけど!?」

 ノイズ混じりの女性らしき声に一瞬ビビるが、すぐさま声を張って応じる。

「誰っすか!俺に用事?」

『ええ。ですがまず…試させてもらいますね』

 バヅン!!

 一瞬のことだった。

 真正面から放たれた光が、突っ立っていた由音の右腕を鎖骨付近まで抉り取る。

 ごぱっと由音の傷口から致死量を容易に超える出血が噴き出した。

「…ッ!」

 前のめりに体が傾ぎ、あとは倒れ伏して血溜まりに身を沈めるだけ。普通の人間ならばそのはずだった。

 前傾に倒れかけた由音の体が、地面の粉砕と共にブレて消える。

『おや』

 姿を現した女性がほうと息をつく。その頭上で少年は拳を握っていた。

「テメェ!」

 無事な左拳を打ち下ろす。相手が女だろうと容赦を掛けない脳天への一撃は女の頭部へ至る数センチ手前で阻まれ、逆に由音の拳を粉微塵に吹き飛ばした。

「ざけんなよこの女チートじゃねえか!」

 着地と同時に大きく後退し相手の出方を窺うも、女は初撃の不意打ち以外は特に何もしてはこなかった。

『情報通りですね。それが〝再生〟の異能とやらですか』

 細めた瞳の先。ミチグチャとグロテスクな粘着音を立てながら、消失した右腕と左拳が肉体の末端から肉を盛り上げ元の形に戻していくのを確かに目の当たりにして、女はうんうんと頷く。

「敵だろ、敵なんだな?ってかもう敵じゃなくても許せんわこのアマァ!」

 完全に元に戻った両腕を構え、一つ深呼吸。体内から巡る忌々しい怨敵に呼び掛ける。

 返事は期待してない、ただ強引にその力を引き千切りこちらのものにするだけ。

 両目を昏い濁りが浸食し、身体全体から不浄の邪気が立ち昇る。

『ほほう、そしてそれが〝憑依〟』

「全部バレてんのか!マジでなにもんだよお前っ」

『リンドと申します。助けてほしいのです。私を』

「助けてほしいのはこっちの方なんですけど!?」

『とある戦争の代理者としてあなたを指名します。手を貸して頂けますね?』

「まずお前のせいで血だらけになったこの服どうしてくれんだ弁償しろジャージだけど俺の一張羅だったんだぞこらー!」

『ルールは追って説明します。こちらとあちらでは時間の流れを操作できますので、三日程度ならこちらで一時間ほどの経過で済ませられます』

 まるで人の話を聞かない双方だったが、ついに観念したのは由音の方だった。

「…戦争って何!わざわざ俺にした意味ある?俺より強いの他にいただろ!俺心当たりあるからちょっと聞いてきていい?」

「あなたが慕う『鬼殺し』の彼はお忙しい様子でしたので見送りにさせて頂きました。他にも違う陣営に先を越されたりしたので」

「…ああ!そっか、そういえばあいつ今日デートだって言ってたもんなー。邪魔しちゃ悪いわ」

 一つ手を打ち、邪気を解いた由音が仕方なさそうに先程まで敵視していた相手の方へ歩き寄る。

「わかった!あいつの代わりってんなら受けるよ。もとより俺はあいつの為に戦うって決めてたからな!」

 すんなり納得し、東雲由音はよくわからない戦争とやらの代理者の代理者としてよくわからない闘いに身を投じることを決意した。


『…いきなり仕掛けた私が言うのもなんですが、あなたは色々とアレですね』

「?、おう!よくわからんがサンキュー!」

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