アル(❤)


 人里離れた無名の山奥。

 その中腹には、折れた剣を手にうんうんと唸り込んでいる青年が一人いた。

(やっぱ一番の問題は耐久か……贋作程度の性能すら耐え切れない刀剣なんざ使い捨てもいいところだ)

 これまで数多もの武具を鍛造し、その度に破壊を繰り返して来た彼にとってはなんとしてもどうにかしたいと考える問題がこれであった。鍛師としてのなけなしのプライドと言えなくもない。

「うーん…」

 再び唸り、爪先で地面をトンと小突く。

 するとそこから地を突き破り柄が飛び出した。次いで地中から押し出されるように剣身が構築されていき、彼の腰に届くほどにまで剣がその姿を現す。

 柄を握り完全に引き抜けば、そこには鏡のように磨き上げられた見事な一振り。施された装飾や意匠もあって、誰の目にも一級品の武具であることは明らかであった。

 かつて『魔法の金属細工師』としての生を受けた妖精による一流の業。だがそれに不満を覚えるのもまた同じく生み出した者。

(これでまぁ、良くて三度か)

 溜息は止まらない。何か気晴らしをと、その剣で素振りを始める。


「妖魔アルムエルドだな」


 そんな彼を横合いから不気味な影が呼んだ。

「一言で不快にさせる天才かテメェ?妖魔と呼ぶのなら、アルムエルドなんて棄てた名を使うんじゃねぇ。妖精から悪魔へ堕ちた半端モンのことなら、間違いなくアルおれだが」

 青筋を浮かべる彼、アルの憤懣を知ってか知らずか、姿を固定させた骸骨の人外はまるでそうあることが当然であるかのように告げる。

「貴様を使ってやる。我が手駒に加われ」

「―――…フン、そうか。分かったよ」

 褪めた嗤いを浮かべ、剣を握る手に一層の力を込めた。意思に連動し名も無き剣が急速に赤熱していく。

「やっぱテメェ天才だわ。買ったぜその喧嘩」

 大気を喰らい一瞬で膨張した火炎が渦巻き振り上げた剣の動きに追い付く。

「〝劫焦炎剣レーヴァテイン〟」

 軽い振り下ろしの軌跡に追随し、放たれた特大の炎の奔流は骸骨へ向けて一直線に伸びる。木々を薙ぎ倒し焼き払いながら、山を削り取る一撃は麓まで続いた。無論、人里からも離れた山地であることを見越した上での発動である。

 だが。

「何が不服か。余の命であるぞ?」

「まず誰だよテメェ、名乗れや。喧嘩の作法も知らん田舎モンか」

 燃え盛る炎の中を無傷で佇む骸骨に苛立ちを覚える。やはりとは思っていたが、通じていない。

 剣は既に一度の解放で幾筋かの亀裂が入っていた。アルの予想通り、おそらくはあと二度の発動でこの剣は死ぬ。

「ビンイン・ジ・エンペラー。不敬であるぞ愚物。大帝の前に跪き、我が命に全霊を尽くすことを許可する」

(…マジで誰だ?)

 いきなり現れて意味不明なことを垂れ流す豪奢骸骨へ向けるのは敵意のみ。とても軍門に降る大器を内包した者とは思えなかった。

 癇癪を起こした子供のように、乱暴に炎を纏う剣を骸骨目掛けて放り投げる。ビンインと名乗った骸骨は手を差し出しただけで真紅の流動体による防御壁を展開した。

 山の中腹から天を焦がす火柱が立ち昇る。

「無知の威勢と見逃そう。余は寛大であるが故に」

(血…か?吸血鬼、魔性の人外。炎熱はノーダメ。単純な威力で傷をつけるのは難儀そうだな)

 火力勝負に持ち込むのは愚策と判断。樹木の間を走り抜けながら敵の背後を狙う。先の爆発による黒煙と砂埃はちょうどいい目くらましとなった。

「…〝不動利剣コウマミョウオウ!〟」

 疾走の最中に地中から引き抜いた新たな剣。

 金色の刃、両端が三又に分かれた奇妙な柄のそれは本来剣を名称する両刃のはずが、どういうアレンジが加わったか造形自体が刀に近い反った片刃となっている。

「せェいっ!」

 背後からの強襲、ビンインの挙動よりいち速く蠢く血液が生物のように防衛を果たす。

 しかし今度は薄紙のように血壁は斬り裂かれた。ビンインの骸骨面が僅かに歪む。

「貴様」

「牛乳ちゃんと飲んでるか骨野郎?あんまり脆いと断つのも易いぞ」

 血液の防御を突破し、がら空きになった胴体を真横一閃に薙ぐ。何らかの魔術的な障壁が寸前に張られたが、これを意に介さずビンインの肋骨及び椎骨は両断され上下に別れた。

 大日如来の化身、無数の信仰を寄せる御仏が一柱の加護を梵字として刻んだ調伏の鋭剣。

 こと魔性に対する特効性はアルの武装の中でも群を抜いたものとなっている。

「チッ」

 だが断ち切ったと確信したのも束の間。上半身が地に落ちるより前に骨の切断面が溶解し血液となって結合、さらに周囲に展開されていた血液に捕縛された上でビンインの角張った骨の手で首を鷲掴みにされた。

「良い。駒としては上々である。今この時より数刻を経て、異界にて貴様は余の敵を屠れ」

「骨に仕える気はねぇよ。俺が従う大将はもう他にいる」

 首に食い込む骨の圧迫を受けながらも強気に応じるアルだったが、ふと気になったことを訊ねてみたくなった。

「待て、…その敵ってのはどんだけ強いんだ。テメェより上か下か」

「余以上の強者など三千世界に一として無し」

(駄目だコイツの基準じゃさっぱりわからん)

 未だに全容の欠片も掴めないが、なるほど僅かに興味は湧いた。

 に従い何らかの勝負事に挑むというのは不愉快極まりない話だが、うまくすれば自分より遥かに強い猛者と刃を交えられるかもしれない。

「働き次第では褒賞に永劫の命をくれてやろう」

「いらねぇよボケカス。有限の中で極限に挑むのが面白いんだろうが」

 強いて言うならば、この先で得られる死闘そのものがアルにとっては褒美に等しい。

「いいぜ、テメェを仕留めんのは最後にしてやる。連れてけよ、その異界とやらに」

 脱力して抵抗の意思を消し去ったアルから手を離し、ビンインは事の仔細を伝える…ことはせずそのままアルへ強引な転移処置を行った。

「おいコラ!?」

「敵を屠れ。我が帝命に遵守せよ」

 結局何も知らされないままに、アルは着の身着のままで異世界への転移に呑み込まれた。

「…………」

 あとには次の『手駒』を確保するべく新たな世界の選別を行う骸骨と、地表から半分ほど刀身を覗かせていたアル必殺の一手だけが残された。

 ビンインの勧誘(という名の拉致)を最後まで蹴り続けていたらばこの山、原型残らず更地と化していたことは間違いない。

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