陽向旭(♦)


「……。〝我が身は陽を宿す者〟」

 それはとある一族。古く旧くより続く退魔の家系。

「〝重ね重ねて、束ね束ねて〟」

 特異家系と呼ばれる家柄の者達の集落は四周を高い山に囲われた地にある。何重にも常人の目を避ける為の結界を張り巡らせ、彼ら一族の者以外に出入りを許される例は極めて稀である。

「〝その陽は灼け衝く無謬の裂光〟」

 ましてや、その集落内の家屋に無断で立ち入れる者となれば、それだけで只者では在り得ない。

 加えて其処は、特殊な一族の集落の中でもさらに特別な一軒。

 青年の言霊に応じ具現化された九つのバレーボール程度の大きさを持つ輝く光球。ゆっくりと立ち上がり、臨戦態勢を崩さぬままに彼は薄闇で満たされた部屋の奥に立つ人影に正対した。

「僕を訊ねてきたんだとしたら、自己紹介は不要かな」

「…ですね。陽向家現当主、陽向ひなたあきら殿。陽光の一族を統べる長。真なる退魔の名において九つのあさひを従える者」

 卓上に置いてある蝋燭の小さな灯りだけでは部屋の隅まで照らすことは出来ない。だが現れた九つの陽玉は真名保持者の意思に反応して侵入者の姿を宵闇の中から暴き出す。

「そういう君は、幻獣種…かい?少し、僕の知るそれとは放つ気配が異なるのが気になるけど」

「この世界における大別で呼ぶのなら、私はそういう種に入ると思います」

 獣耳や尾を見て判断した旭の言にひとまずの頷きを返す。

「なるほど。それで君は?」

「アライさんなのだっ!」

「……うん?」

 スーツ姿の胸元に手を当てにぱっと笑い、自らの名を明かした女性のテンションに瞬きを数度繰り返す旭。

「…こほん、失礼。モナリザ・アライと申します、以後お見知りおきをば」

 咳払いをして無かったことにしようとした彼女の意を汲んで旭もこれ以上触れるのはやめておくことにした。それよりも問題は別のところにある。

「どうも。で、単刀直入で悪いけれど用件を伺おうか。どうやって結界を突破したのかは、この際置いておくことにするから」

「ああ、この世界に転移の技術は無いのですか。それは驚かせてしまいましたね。申し訳ありません」

「転移…?四門の系譜というわけでもなさそうだけど、他に使い手がいたのか…っと!ごめんね、続けて」

 脱線しかけたのを詫び、片手を差し出して彼女の続きを促す。

「はい。退魔の家に身を置きながら人と人外との調和という理想を掲げるあなたにこそお願いしたいのです。これより開かれる戦争に、私の代理として勝利を掴んで頂きたく」

「…穏やかじゃないね。戦争、と来たか」

 渋面を作って旭が顎に手をやり思案に耽る。数秒の間を挟み、アライへと視線を戻したその表情は何かを試すかのように険しかった。

「いくつかの質問を」

「どうぞ」

「その戦争とやらで勝利した暁には何が起こる。何を手にする。それで達せる君の目的とは何だい?」

「これはある大権を巡る五つ巴の戦事です。勝利者如何によっては大権行使の果てに待つ顛末は大きく枝分かれするでしょうが…私がそれを手に出来るのなら、もう我ら獣人を含む多くの異種族達に辛苦を味わわせることなく済む世を目指します」

「そうか。……そっか。うん分かった。では次。あまり俗物的な話にはしたくないんだけど、これでも一応当主でね。戦争への加担によって僕らは何を得られる?」

「こちらの世における主な退魔の依頼と同じく、金銭のお支払いで。額は相場以上をお約束します」

 真っ直ぐ視線を返し質問に応じる彼女に嘘は見えない。本来ならば〝感応〟の異能を持つ彼女に視てもらうのが正しいのだろうが、旭は自らの直感を信じることにした。

 依頼を受けること自体は、正直吝かではない。一つの問題を除けば。

「最後だ。向かうのは僕でなくとも構わないかな?戦闘に特化した退魔師の人員なら他にも居る。陽向晶納しょうな、陽向日昏ひぐれ、陽向日和ひより…僕より頼りになる者ばかりだ」

 出来るだけ当主が不在にするという事態は避けたかった。何かしらの仕事で留守にすることは多いが、事が違う世界でのものとなると話は変わって来る。

 アライはこの提案にのみ強く首を左右に振るった。

「私はあなたの助力を頼りにこの世界へ渡ったのです。私と似た思考を持つあなたに代理を務めて頂きたい」

「うーん…」

 そう言われてしまうと弱る。確かに他の退魔師は人外に対する関心や感情が薄い。特に晶納や日和辺りが赴けば容赦なく見敵必殺で皆殺しにされる。

「分かった!なら僕が行くよ」

「ありがとうございます。戦争とは銘打っておりますが開戦から終了までは三日間と決められておりますのでご安心を。経過時間も、こちらを発って一時間程度の範囲に収めますので」

 最後の一言で本格的に懸念は無くなった。

 いざ赴くは退魔の族長。戦場は異世界。モナリザ・アライに賛同する極めて友好的な関係として陽向旭が王国の土を踏む。

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