ほしにねがいを


「おねがいー?」


 仮設陣地もまた戦場であった。

 重傷者を天幕に運び入れ、医術に長けた者があっちからこっちへと移動を続けている様子は見ているだけで目が回る。

 そんな中、留守番を命じられた二人の女児。ウィッシュ=シューティングスターと白埜は邪魔にならないように陣地の端の方で瓦礫を椅子代わりに横並びで座っていた。

 遠目からでも巨体の竜を取り囲む戦士達が激戦を繰り広げているのがわかる。それをはらはらと眺めながら、白埜はウィッシュにそう提案していた。

「……うん。空はまだ、あかるいけど」

 見上げる空は青と、時空竜周辺の焼けたような赤が混ざり不思議な色合いとなっていた。

 しかしそれでも、白埜のいた世界と変わらず瞬くものもある。

「……星は、あるから」

 視線の遥か彼方にある一等星に向け、両手を組む。

「……ほんとは、流れ星のほうが、いいんだよ」

「ふーん。こーお?」

 ウィッシュも白埜を真似て両手を組んでみる。見様見真似で形だけ取っているウィッシュに比べ、白埜の祈りは真摯に見えた。

「…シラノは、なにをおねがいするの?」

 だからつい、そんなことを訊ねてみたくなった。

 白埜は即答する。

「……そんなの。、て」

 こつんと、組んだ両手に額を当てる。脳裏に浮かべるのは今頃傷だらけになりながらも懸命に戦っているであろう彼ら彼女らのこと。

「……みんなのこと、って、祈るの」

 本来であれば流星に願う三度の祈り。今は夜でなく、そもそも流れ星というものすらあるのかわからない。

『夜に流れ星を見つけたら三回願い事を言ってみろ。間に合わなくてもいいんだよ、こういうのは気持ちが大事だ。叶ったんなら儲けもんだろ?』

 かつて、そう教えてくれた褐色の妖魔も、今はまたいつもの通りに死をも恐れず戦っているのだろう。こちらの心配など構わず。

 だからせめて、自身のことを顧みない彼に変わって自分だけは彼の無事を願う。

「……

 その時だった。


「―――三度の願い、聞き届けました」


「……え?」

 隣でのほほんとしていたはずの少女からとは思えないほどはっきりとした言葉が吐き出され、瞳だけではなく身体全体から光の粒子が散らばった。




     ーーーーー


 それは柔らかい布に包まれる衣擦れの音にも、あるいはガラスの割れる破砕音のようにも聞こえた。

 正体不明の何かは、その時確かにアルの身体を蝕む異常を防いで消した。

 不発か、意図的か。何らかの術式が割り込んだか、もしくは誰にとっても不測の事態か。

 何一つわからない中で、アルは考えることをやめた。今やるべきこと以外、追及するのは無意味だ。

 時の矢は効かなかった。この体はまだ動ける。

 それだけわかれば充分だ。

「やるぞ夕陽!!」

「行けるん…だな!わかった!」

 共に見えない向かい側の仲間とカルマータの術式による思念会話で確認し合う。

 竜の巨体を滑走する二名はもう間もなくでオルロージュの腹部付近まで降下する。タイミングは、そこだ。


目一箇まひとつの権能、日緋色金オリカムクルの神技!大盤振る舞いだ、全力残さず持っていけ!!」

「強化、耐久、昇華、全刻印励起。直伝、叩き込む!!」


 アルの手から打たれ加工された神鉄は一振りの和刀。日本神話において多頭の竜を屠ったとされる天十拳あまとつかの神刀。模倣とはいえ鍛冶神の加護を得て鍛え上げたその一振りは夕陽の持つ布都御魂と同等の神域に匹敵する。

 振り被る神気が二つ。広く見ればそれは人造の竜を挟み込む翼のようにも見えただろう。

 人と妖魔の本意気が唸る。


「〝神技・天羽々斬アマノハバキリ!!〟」

「〝刻印奥義シールド魔光剣フルストライク!!〟」


 復刻された神話。そしてディアンという刻印術使いの先達から受けた直伝の一撃。

 神気を纏い穿たれた双撃はオルロージュの外殻を打ち抜き、その内部で互いの威力を競合。体内で爆散した。

『ごっ……ォォぉアアアアアァァああぁぁああアアアアアア!!!?』

 さしもの人造竜もこれには目を剥いて身悶える。

 これにて都合三撃。並みの竜種であればとっくのとうに息絶えているはずの力を受け切った。

 

「マジか、クソ」

「デタラメが過ぎるぞ…」

 前後からの挟撃で砕けた外殻が地表に落ちていく中で、救世竜オルロージュはまだ力を失ってはいなかった。ギロリと下方に向けた双眸の先を追って、無数の矢が殺到する。

 対して力を使い果たした夕陽とアルは武器を握る余力すら残していない。さらに先の攻撃で矢に貫かれたままの状態では当然回避など出来ようはずもなかった。

「…チッ、わーったよ。あとは」

 残念そうに舌打ちし、アルが落下しながら両手を頭の後ろに組む。死を覚悟したわけではない。

 青色の残像が幾重にも現れては消え、どういう理屈か背面側と前面側から同時に落下している二人へ迫る攻撃の全てを消し飛ばしていく。

 複数の戦力ではない。単一の個による常識を無視した機動力。

 自分達の番で仕留められなかったことは無念が残るが、それでも構わない。

 高月あやか同様、彼らもまた、後続に望みを繋ぐ。

 彼になら出来る。彼にこそ出来ると、夕陽はもちろんアルでさえ認めているのだから。

「…あとは、お願いします」

 自分達の落下地点へ向け地表すれすれを飛ぶ竜の姿を確認して、夕陽は完全に脱力する。この呟きは聞こえたか、どうか。




「ええ。お任せください。そしてありがとうございます」




 残像は消え、砕け散った矢の欠片を腕の一払いで消滅させる。

 オルロージュの身体から剥がれ落ちていく外殻のひとつにトンと乗り、ありえないことに破片伝いに空を歩く軍服の青年。

 感謝の言葉は、繋いでくれたことに対して。青年は人造竜に向けるほんの僅かな因縁がある。


「危うく部下だけが頑張って、上官わたしに仕事が回らずに終わってしまうところだった」


 四撃目。

 若き精鋭、青の退魔士。

 冷泉雪都が鋭く竜を睨み上げていた。

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