物理(インチキ)最強の男


 機械仕掛けの救世竜。

 本来争いを無くすべくして生み出されたこの機構は、周囲の善意や助けを乞う声や想いに呼応・共鳴して己の能力を上昇させていくシステムを搭載している。

 オルロージュはとある段階から封印の完全解除に至り、この能力が解放されていた。

 本来の形に戻った救世竜オルロージュは、あろうことか敵軍の善意を拾って自身を強化し続けている。戦を終わらせる為の人造生物であるが故に、戦場で発生するそれら正の気は敵味方関係なく回収できるように造られていたのだ。

 そしてその影響は、使い魔たる獣の総軍にも振り分けられる。


「チィ、急に動きの精度が跳ね上がりやがった。オイ!タイプゴートの指揮官機アタマはぶっ壊したんじゃなかったのかよ!」

「壊しておるよ。その上でこの性能、というわけじゃな」


 至近から杭を衝突させて獣の一団中央に風穴を空けた鐵之助の張り上げる怒声に、背中を合わせて刀を振るっていた玄公斎が静かに応じる。

 時の加速を得た『救世獣』はそれだけで数の暴力となるが、現在はそれに加えて純粋なパワーが段違いに増していた。

 米津一行をも加勢した連合軍地上部隊だったが、その規模は徐々に擦り減らされていた。特にその消耗が如実に表れているのが『天兵団』である。

 彼らは何より負傷も絶望も、前に進む糧に変えて死へ臨む異質さが際立った部隊。必然その犠牲はどこよりも大きなものになる。

「鐵之助、兵が出過ぎだ。下がらせよ。もはやこの攻勢、統制機関を破壊した程度で覆せるほど容易ではなくなっている」

「だからこそだろ、いい感じに棺桶も温まって来たじゃねえか」

「…貴様」

 冷静に一機ずつを確実に斬り壊している玄公斎の瞳が細められる。

「ワシの言葉を、何も理解しておらなんだか」

 出撃前、飛竜の背で交わした会話の意味がまるで伝わっていなかったものかと、その言葉には僅かな落胆の色が見える。

「理解しとるわ。さっきも言ったが、だからこそだろ」

 鐵之介は冷えた言葉に熱を持って応じる。

「ここまで最前線張り続けてきた『天兵団おれら』が退けば全軍総崩れだ。わかんだろ!?今引け腰になったら士気ごと喰われんだよ!!そうならない為の俺らだ!俺達全ての活殺を決める分水嶺がここにあんだよ!」


 精神が肉体を凌駕する。根性論にも虚勢にも聞こえるが、これは実際に存在し成立する現象のひとつだ。

 では肉体の限界を超えてでも足を前に進める精神とは何によって確立されるものか。言うまでもなく答えは士気にあり有体に示せば気の持ちようだ。

 そして精神こころが強く保てれば肉体の上限を超えた動きも可能になるパターンはあれど、精神が先に折れてしまえばいくら余力が残っていようとも体は動くことをやめてしまうのが人間。意志ある生物の強みにして欠点である。

 どれだけ絶望的な状況にあっても、『なんとかなるかもしれない』『もう少し頑張れば活路が見えるはず』という僅かな光さえあれば人は戦える。

 今その光を担っているのは、皮肉なことに我が身の飢えを満たす為だけに死に物狂いで戦い続けている『天兵団』と、その横で負けず劣らず牙を剥いて暴れ回るリヒテナウアー率いる騎兵隊にあった。

 敵に回して恐ろしいものほど、味方であった時の希望は大きい。連合軍の士気はこの二部隊を主柱にして保っているも同然の状況にある。

 故に、ここが崩された場合の影響は二部隊自体の戦力を喪失する事態より遥かに重い。


 それがわからぬ元帥閣下ではない。それがわかっているからこそ鐵之助は苛立ちに声を荒げる。

 ここまで来て、今更兵の犠牲を最小限に抑えようなどという考え自体が温いのだ。苛烈な戦争期を生き抜いた歴戦の老兵にそれが察せぬはずなどないのに。

「まあ見てろ。死に損なうことに関してだけは俺達はプロだからよ」

 新たな杭を装填し、もっとも獣が密集している箇所へと腕を振り被り突っ込む。


「続け馬鹿共!まだまだごちそうはたんまりあるぞ!意識がトぶまで死ぬ気で進めぇぇえああああああ!!」

「よっしゃぁあ行け行け!!」

「隊長に全部取られっちまうぞ!」

「あの人いつも取り分関係なく殺しちまうからなあ!」

「ヒヒャハハ!皆殺しだぁ!!」


 再び勢いを取り戻した『天兵団』が自軍と敵軍との間に割り入っていく様子を横目に捉えつつ、乱れた陣形の指揮を執ることにした玄公斎も迫る刻限を悟る。

(押し潰される、長くはもたん。頼むぞ皆の者……雪都よ)




     ーーーーー


 轟く砲声が、ひとつ。

 人の腕、人の拳から繰り出された徒手空拳から放たれた異音であることに疑いは無い。

 だがその事実を前にした誰しもが信じられずにいた。


「―――ふぅっ……!」


 遺憾なく揮われた絶衝の一打に対し残身まがいの間を置いて息を吐き出す。

「……い」

 初めに誰がそう声を漏らしたかはわからない。だが続く言葉は全員統一されていた。

 オルロージュは悲鳴も上げられない。

 穿冷泉雪都は涼しい顔で一撃離脱を実行し、途端に声が重なり響く。


「「「インチキだっ!!?」」」


 最大級の威力を叩き出した四撃目。

 無論、そこにはカラクリがあった。

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