清醜相乱れ


 冷泉雪都は自身の役目の重さをよく認識した上で、冷静に状況を見ていた。

 その視線の先にあったのは、先の双撃の際に救世竜の腹部に突き刺さったままで放置されていた神刀。日向夕陽が全霊を賭した後に手から離れたものである。

 縮地紛いの歩法で間を詰めた雪都が狙いを絞った理由はそこにある。

 すなわちが神気の穿ち合いで亀裂を潜り込ませた経路目掛けて放った衝打。それは狙い違わず莫大な衝撃力を亀裂を手繰り浸透させ、夕陽の一撃を始点としてアルの一撃が叩き込まれた背面の終点へと繋げた。

 さらに言えば、オルロージュの頭上を天使の輪のように広がる銀白の燐光の助けもあった。

 目を凝らせばそれが等間隔に滞空して配置された、眩く発光する大弓六張りを接続させて生み出された光輪であることがわかる。

 叶遥加とエヴレナによる大結界の恩寵が降り注いでいたことに、救世竜オルロージュはこの段階でようやく気付いた。そして、その結界にはこの世界本来の女神の後押しもほんの僅かにあった。

 権能をほぼ使用不可になっている女神リアの力がこの切迫した場面で発動したのは奇跡ではなく、無意識ながらも人為的なもの。

 フロンティア世界最大の信心を持つとあるシスターの祈りあってこそのものであり、今この一時に限りただ一人の莫大な信仰心は女神の力を地上に具現させた。

 二人の女神と一体の神竜の力が複合した大儀礼〝浄化の洗礼カタルシス・ミュステリオン〟。神格三柱分の浄化を受ければさしもの人造竜といえども強度は剥がされる。

 とはいえ。

 以上二つの要素を掛け合わせた上でも、竜の躰に風穴を空ける芸当、『インチキ』以外の言葉で言い表せたものではないが。




     ーーーーー


「いいね」


 声は地上から、そして姿は空中から。

 雪都の埒外の一撃を感じ取り、悪魔のような笑みを浮かべたリヒテナウアーが地上の戦禍を置き去りにして瞬間移動でオルロージュの頭上へ現れる。

 歴戦の狂戦士は己の果たすべき仕事を果たしに参上した。戦斧を振り被る。

 五撃目。こちらも英霊とはいえど自前の膂力のみを用いた規格外の衝撃。喰らえばその命は一挙に捥ぎ取られるだろう。

「ォオオ―――!!」


 ―――ゴツ、と。

 戦斧が墜ちるより数瞬早く、その音は陳腐に響いた。


「…、

 真っ先に気付いたのはリヒテナウアー。抑揚のない呟きに臓腑が煮え滾るほどの憎悪が込もる。

 一秒遅れで響く音。

 ガ、ガコン!!!

 人造竜の胸元で時計盤の時針が動く。


『まだ、だ。まだ終わらん!!』

「イル・アザンティアァ!!!」


 オルロージュの足掻く声に怒声が重なる。

 地上を駆け回っていた亡霊騎兵が霧散し、再度リヒテナウアーの周囲で渦巻いた黒い瘴気から再召喚され八方に散開する。

 騎兵らが立ち向かうのは倍速をさらに倍加させた速度で跳ね回る歯車の猛攻。

 これまで空中を舞う飛行型『救世獣』と共に空の敵対戦力を迎撃する為に動いていた歯車の全てが、

 戦斧を振り回しながらリヒテナウアーが自軍全体に聞こえるほどに張り裂けた大声で告げる。

「一つも通すな!!このクソ野郎再生するつもりだぞ!!」

 先程の軽音は、回転した歯車がオルロージュの頭部にぶつかった音。

 ただそれだけを攻撃判定と見なし、〝逆行回帰アンチ・クロックワイズ〟の魔術が起動一歩手前まで進んだ。

 ブレスの高速リチャージと同じく、外部からの影響ではなく自傷行為で自らの術式を発動させんとするオルロージュの思惑が完遂前に露見し、それを聞いた総員が負担負荷も惜しまず全開で持ち前の能力を展開させた。


 初手101の歯車を騎兵隊とリヒテナウアーが打ち落とすが、まだその数は半分以上残っている。

 風刃竜、雷竜、浄光竜がブレスで数十を粉砕し、間隙を潜り抜けた残りを広げた翼で止め防ぐ。

 まだ足りない。

 風刃竜から飛び降りた修道女が嵌めた指輪から魔法を連発し、カナリアを肩に乗せた少年が飛ぶ斬撃を乱発し、青髪の軍人が神速で拳打と脚撃を見舞ってもなお。

 飛来する歯車の数と勢いは衰えない。

 もしここで救世竜が完全再生してしまえば、もう次には無傷のオルロージュを仕留め直す為の六度は用意できない。それほどに自軍は消耗し切っているのだ。リヒテナウアー(及び亡霊騎兵隊)が抜けたことで地上部隊も『救世獣』の勢いに盛り返され始めている。全てにおいて時間が追い打ちをかける。

 なんとしても、何がなんでも。

 止めなければならないのに。

 空を飛ぶ精鋭総力でも、未だ歯車の全てを砕くことは叶わなかった。




「オイ!ジジイ!!」

「ええいわざわざ爺呼ばわりするのはやめんか!なんじゃい!」

「ここは受け持ってやる!!!」

「なにを―――ぬぉおっ!?」

 即席で立ち上げた挺身射出装置を用いて、老兵がありえない距離を飛んで空を舞った。




「まだだよね。まだだ―――まだ、頑張れるよ」

 情勢を見下ろして、名も無き飛竜にうつ伏せで乗る魔法少女が、白球を周囲に漂わせながら呟く。

 まだ、その瞳は死んでいない。




ですよ。私も…………この船も」

 無理な胴体着陸で半壊した飛行船の内部で、黒髪のアンドロイドが眼鏡の奥で赤色の眼を光らせる。




「…おい」

「…あァ」

「まだ、いけるだろ」

「ったりめェだろ」

「よっしゃ、踏ん張るぞ」

「おおよ」

 地上に落下した少年と妖魔が、ガクガクと震える四肢に最後の力を込め、立ち上がる。




 真に醜きはどちらか。

 本当に清いのは何なのか。

 最終決着は、この五分後に訪れた。

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