瞬光、視認叶わず


 多くの戦いがあった。力のぶつけ合い、技量の競り合い、異能の押し合い。様々な戦闘がこの世界では起きてきた。

 その中で人知れず始まったこの一戦は特に異質だった。

 何せ、のだから。


「あははっ!いいね、いいよ!もっとだ!!」

「……」


 雷光、閃光が立て続けに瞬く。光。ただただひたすらの光だけが空間の全てを占めていた。

 『胃袋』はひとつのエリアが大体七~十キロ程度の広さを持ち、そのエリアごとに特性が異なる。三つ分の『胃袋』を越えたヴェリテはそう解釈した。

 一つ目は毒沼、二つ目は溶岩、三つ目は大嵐。

 それら全てを何の苦もなく飛び越えてヴェリテは四つ目に至る。

 それまでの脅威(雷竜としてはそう呼ぶほどのものでもなかった)がまるで嘘のように何もない空間。灰色の石造り。神殿のような空間に敵はいた。

 シャインフリートと同じ種族、光竜の上位種。彼は自らを閃光竜チェレンと名乗った。

 かくして始まった戦闘を、果たしてこの世界に生きる何人が正しく認識することが出来るのか。おそらく数えても十指には収まるだろう。

 瞳を焼く光以外を何も認められない。何かが衝突する音はするが、それがこの空間のどこで発生しているものなのかすら判別がつかない。

(え、すご。ついてこれるんだ?)

 縦横無尽に動き回るチェレンは内心で小さく驚嘆していた。彼にとってこの戦況は経験したことのないものだった。

 これまで誰もチェレンの動きを見切れた者はいない。戦闘が始まったとしても、初手で相手の背後に回り込んで一方的な攻勢を展開してきた。

 だから自分が追われるのは初めてのことになる。戦い方がわからない。

 だがその思考速度も並大抵を逸脱している閃光竜にとっては経験の有無は大した不利にならない。知らないのなら、この場で打開策を見つけ出すまでだ。

「こう!」

 捕捉されまいと絶えず飛び回っていたチェレンが四方八方へとブレスを複数放つ。

 高い跳弾性を持つ光のブレスはそのどれもがヴェリテを狙うことはなく、神殿の壁や柱を利用して跳ね返らせ、様々な角度から一斉に雷竜を襲った。

 それらを迎撃するヴェリテが振るう巨大な戦槌の影に自らを隠すように懐へ潜り込むと、チェレンは渾身の肘撃を見舞った。確かな手応えと共にヴェリテが吹き飛ぶ。

「まだまだっ!」

 一度勢いを得てしまえばこちらのもの。吹き飛んだヴェリテを追い越して、回り込んだチェレンがさらに追撃を仕掛ける。

 吹き飛び、追撃。さらに打ち上げた先を追撃。

 超高速の機動力を持つ閃光竜ならではの超速ラッシュを受け、ヴェリテは目視で追えないほどの何かによって神殿内を縦横にバウンドし続ける。

「とどめっ!!」

 全身へくまなく殴打脚撃の嵐を受けたヴェリテが宙に放り出され、『胃袋』の天蓋にまで飛び上がったチェレンが最高速度の急降下でヴェリテを地面に叩きつけた。

 凄まじい衝撃と噴煙。神殿を崩壊させるほどの振動。巨大なクレーターを生んだ破壊から距離を取って、チェレンは両手を腰に当ててフンと息を吐いた。

「なーんだ、こんなもん?せっかく久しぶりに竜同士で戦えたのに、つまーんないの」

 チェレンはこの世界を知らない。異世界に渡った竜の子孫であるが故に、竜種の繁栄していた頃のフロンティア世界というものを何も知らなかった。

 もしこの世界で少しでも過ごしていたのであれば、とてもそんなことを口には出来なかったことだろう。

 ましてや、これも知らなかったとはいえ。

 雷竜を相手にして、そのような失言を。


「―――


「…え…?」

 クレーターの中心地から、ゆっくりと歩いて姿を現す女性。汚れた体を手を払いつつ口にしたその一言に、チェレンは理解が及ばなかった。

 パチリと音が鳴る。それはチェレンの体からだった。

 静電気の弾けるような小さな音。それは同様、ヴェリテの体からも放たれていた。

 直後。

「……ッ!!?」

 何が起きたのかを、やはりチェレンは理解できない。

 瓦礫に埋もれる身体。腹からは雷を受けたかのような火傷と衝撃による激痛。吹き飛ばされ、半壊した神殿に突っ込んだのだと数秒遅れて判明する。

(見え、見えなかった!馬鹿な、オレが攻撃を見切れなかった!?)

 驚愕と動揺。何もわからないまま、とにかく留まっていてはいけないことだけは確実だった。瓦礫ごと飛び上がり初速を稼ごうとするも、

「逃げられませんよ」

 今度は頬。防御すら間に合わない雷の拳に殴り飛ばされ地面に返される。

「八十七回。貴方が私に攻撃を加えた回数です。それも、素手で」

 降り立ったヴェリテからは絶えず細い電撃が糸のように伸びていた。

「それだけ接触していれば充分。気付きませんでしたか?私に触れるたび、少しずつ蓄積していく電荷の感覚に」

「くっ!」

 ヴェリテの話に取り合わず、全力で動くチェレン。しかしどうやってもヴェリテの攻撃からは逃れられない。細い電撃が伸びたかと思えば、次の瞬間には追いつかれ吹き飛ばされる。

 その細い電撃の正体は先駆放電ステップトリーダと呼ばれるもの。落雷の際、雲から地表へと伸びるマイナス電荷の放電である。

そしてチェレンの体からはそれと対になるプラスの電荷が付与されている。チェレンの攻撃を受け続ける中でヴェリテが微量ずつ帯びさせていったもの。

 二つの電荷が引き寄せ合い、繋がり、経路を結ぶことで雷は雲より落ちる。それと同じ現象をヴェリテは己が能力で再現していた。

 こうなった以上、迸る光と化した雷撃ヴェリテは決して閃光チェレンを逃しはしない。

「お望みとあらば応えましょう。あまり時間は掛けられませんので手短に」

 槌を消し、拳を握るヴェリテは酷薄に笑む。

 この、あまりにも同胞同士の戦を知らなさ過ぎる無知なる竜に。


「本場仕込み。竜種の喰らい合い。血溜まりに沈むまで荒々しく殺し合いましょう?」


 雷竜を知らなかった。竜種最盛期の世界を知らなかった。絶対の自信を持つ速度を凌駕される技術を知らなかった。

 無知、そして知ることを捨て己が力を過信したこと。

 それが彼、閃光竜チェレンの敗因であった。

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