危機決戦・星を踏み貫く神造巨人 3


 その声にビタリと、天使と巨人は動きを止める。

 それは紛れもなく主の御声。創造主、上位存在として深奥に刻み込まれた絶対的な忠心のままに下級天使と巨人ヴァリスは不可視の力に縛り付けられたかのように身動きを封じられる。

 兵団の内、誰かが刃の向きを変えた。

 なんであれ死んでいなかったのなら、蘇ったのなら。アレは最優先で殺さなければならないものだったから。

 けれどその声を放った者を見て攻撃挙動を切り替えていた者達は一様に目を見開いた。

 そこに大天使の姿は無く。

 ただ全身から滝のような汗と血を流す、ひとりの死霊術師の姿だけがあった。




     ーーーーー


 この戦場にはいくつもの魂があった。

 死にたての肉体から離れた生命の魂。黒抗兵団の戦士達、飛竜。それだけではなくホムンクルス。創り出された存在であっても魂は宿る。もっと言えば、魂は生命以外にも宿っている。それを観測する術がないだけで。

 彼にだけ見える無数ある魂の灯火。その中に特大の熱量と密度を持った魂があった。

 一目でそれが神に近いもの、天使の持つ輝きだと気付いた彼は即座に実行に移した。


『止まりなさい。我が兵器、そして天使達よ』


 殺され消滅した大天使。まだこの戦場を揺蕩っていたその魂を彼、死霊術師トゥルーヤはあろうことか己の身に降ろした。

 現界術と降霊術と鎮魂術の合わせ技。消滅したての魂を鎮め、これを自身の魂が収められた器へと強引に降ろし、その言霊を口寄せで無理矢理に引き出す。

 トゥルーヤの放った言葉は彼の声帯であり彼の声色でありながら、確かに大天使の声でありナタニエルの命令として成立していた。

 だがその無茶には当然の如く酷い反動が待っている。いくら彼がその系統に秀でた異能の一族出であったとしても、人の身に神性を降ろすなど度の超えた横暴だ。

 事実たった二言を紡いだトゥルーヤの全身は震え、汗が止め処なく流れ続け、人間風情の使役行為に大きな拒絶反応を示す大天使の魂によって身体は内側からズタズタに破壊されている。

 下がらせていた人型兵器の頭部に片膝を着いたまま、両手で組んだ印を崩さぬように維持してトゥルーヤは己を奮い立たせる為にあえて笑う。

「なーんて、ね」

 不健康に白い肌も深く黒い目下のクマも、より濃い赤で統一される。羽織った白い外套も見る間に真紅へと染まっていく。

 まったくどうでもいい。本当にしょうもない。

 命を懸けるような戦いではないし、義理も義務も責任も人情も皆無。ここまでしてやる価値が見当たらない。こんな世界どうなったって構わない。

 それでもこの場で踏ん張る理由があるのだとしたらきっと。

「…………成り行きとはいえ任されたわけだしね」

 あの団長に。ここで力になれと言われて不承不承にやって来た。

 自分一人の不始末や不手際で仕損じるのであればまぁ、まだ飲み込めよう。

 しかしながら生憎と、今の自分は孤高の一匹狼ではない。与えられた席に身を置いているのなら、全うするのが自分の役目だ。

 死霊術師トゥルーヤの失態があの組織の失態だと取られるのは、少しだけ面白くない。

「なので、もう少し気張る」

 喀血してもまだ術は途切れさせない。紡いだ大天使の勅命は継続している。

「…まったく、そっちも大変だ。神様とやらの小間使いで随分と割を食ってるみたいじゃないか」

 内側で暴れ続ける神性の魂を墓守の直系の血で押さえ込み、鼓動を打つたびに全身が傷を負う状態に意識が遠のくのを自覚しながらも。

「解放してあげるよ。感謝してほしいね」

 まだトゥルーヤは笑う。己が役目をもうひとつ思い出したから。

「その魂を解き放ち、課せられた神託を破壊しよう」

 ついに掌印の維持も難しく崩れ落ちたトゥルーヤが、巨大な人型機械にうつ伏せで倒れながらも顔だけは巨人と天使達を見上げ続ける。

「さて。…あとはお好きにどーぞ。名前負けしないようにね?ジャイアント、キリ……」

 限界を超えた術の行使に脳と全身が激痛に苛まれる中、和装束の少年は巨人と巨人を守る数万体の天使を単体で数十秒も拘束する大快挙を成し遂げた。




     ーーーーー


 トゥルーヤが稼いだ時間を無駄にすることなく天使の防衛網を突破した一団はこれまでと同様に巨人ヴァリスの頭頂部へとビーコンを取り付けた。今度の設置は叶遥加。設置と同時にエヴレナ・マルシャンス・エレミア・ディアンがその防衛へと回る。

「夕陽達を待つまでもねーな。トゥルーヤが作ってくれたこの機会を逃す馬鹿にはなりたくない。シャザラック!ここで決めるぞ!」

『高性能故に警告します。皆さまそこを離れてください、なるべく迅速に。というか今すぐ』

 通信端末で三射目を促したディアンに、安全圏からモニターを続けていたシャザラックは淡々と現状の危機を伝える。

 途端、巨人頭部へ目掛けて四方から眩い光線が凄まじい速度と威力で伸びてきた。

『させぬ!』

 迎撃の遅れた面々よりも先んじて割り込んだのは竜化シュライティア。空から急降下すると『流れ』を操り光を捻じ曲げ光線を全てあらぬ方向へと跳ね返した。

「ありがとシュライティア!これでなんとか……って」

「オイ。…マジかよ」

 風刃竜を見上げて礼を述べたエヴレナも事態の重さに気付き絶句する。背中合わせにビーコンを守っていたディアンも引き攣った半笑いで肩に乗るリートと顔を見合わせる。

 下級天使達の中に混じって、より強い後光と二対あるいは三対の翼を持つ存在が複数体確認できた。

 ここまで温存していたのか、あるいは下級の天使達を百も千も束ねて創り直したのか。

 明らかに格の違う上級天使の出現。

 一切の邪魔立て無く対峙できても、一人が一体を相手にするのがやっとの実力だと見ただけで確信する。それほどの神気と威圧感を伴っていた。

「…前言撤回。耐久戦だ、できるだけ長く!」


 各々が武器を構え、輝く光線に相対する。

 そんな激烈な戦況下で、いつの間にやら雷竜とそこに乗っていた者達の姿は戦場のどこからも姿を消していた。

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