危機決戦・星を踏み貫く神造巨人 4


「いや違う、もっと下だ」


 大道寺真由美のナビゲートを頼りに、いざ巨人内部へ侵入しようとした間際。中年の男はそう声を割り込ませた。

 セルゲイ・クロキンスキーの言葉に天使の一体を斬り捨てた夕陽が振り返る。

「どういうことですか」

「その侵入口じゃ捕捉される。高度を落として巨人の右足を半周回って裏から行け」

 いきなりの進路変更。兵軍の仲間達が死ぬ気で時間を稼いでいる中、一秒のロスも許されない状況下。

 そんな場面でそんな発言、普通であれば聞き入れられるはずがない。

 けれど夕陽は、騎乗する全員はその意見に否定的な様子を見せず、言葉も無しにヴェリテは指示通りに飛行経路を変えた。

 だが疑問は残る。

「根拠は何ですか、クロキンスキーさん」

「無数の山を制覇してきた」

 質問に対する解答とは程遠かった。それでも夕陽は言葉を挟まない。満足そうに少しだけ笑ってクロキンスキーは続ける。

「登頂した数だけ、頂上の景色をこの目に収めてきた。遥か上、雲より高い位置から下界を眺めてきた。だから解る。うえからの見え方、巨人うえからの視点がな。加えて」

 全員が雷竜の背で下級天使の迎撃を行う。もちろんクロキンスキーも愛銃を用いて天使の翼を的確に撃ち抜いて援護する。

 銃を構えたまま、横目で巨人ヴァリスを見やる。

「山は生き物だ。山は絶えず脈打っているし、呼吸をしている。機嫌だってある。俺はそれを感じ、タイミングを計って登頂するに最高の瞬間に最善の経路を見出してきた。…アレも、似たようなもんだ」

 話す間に何人かは気付く。息つく間もなく続いていた下級天使の襲撃に妙な間隔が空いてきていることに。

 総数は依然として底なしだ。けれど襲い来る天使の数は減っている。雷竜の存在が希薄になったかのように、彼らは敵から見つけられなくなっていた。

 すぐにそれが経路を変えたことによる『最善最高のタイミング』を突いたことに起因した為だと勘付く。

「でも、…待ってください。そっちには内部に入り込める場所なんてどこにも…」

 真由美が困惑顔で言う。

 神造巨人ヴァリスの外殻には無数の通用口が点在する。それは内部に収容している天使を放出する為のもの。故に基本的には巨人の前面部にそれらは開いていた。

 裏側であれは数か所。それも下腿部にはひとつも無いことは真由美の解析で明らかとなっている。だからこその困惑であったのだが、クロキンスキーは顔色一つ変えなかった。

 やがて雷竜が指示通りの経路で巨人の裏側へ回り込むと、彼は弾丸を装填しライフルを構える。狙いの先は腿。やはりどこにも侵入できそうな穴も見当たらない鉄の肌。

 なんの特徴も変色もないその一点を、スコープで覗く。

「…ウィークポイントってのは、誰にでもどこにでもなんにでもあってな。下手に掴んだら崩れ落ちてそのまま真っ逆さま、なんてこともザラだった。一挙一動が死に直結する登山では、その見極めが重要なんだよ。嫌でも眼は養われる」

 発砲。なんらかの術式効果が付与されているのか、その弾丸は風や大気の影響を一切無視してただ真っ直ぐに突き進み命中。

 分厚い鉄の外殻が、そんな小さな一発の鉛弾の衝撃で罅割れた。

「あそこだ。けるぞ」

「オーライ、たいしたもんだ」

 アルがニィと歯を剥いて笑いヴェリテと共に一撃を溜め込む。

 クロキンスキーはライフルを肩に担いで立ち上がる。

「さて。俺はここで降りるぜ。いくらなんでも巨人の中でドンパチやるには荷が勝ち過ぎる」

 彼の背には携行パラシュートが常備してある。それを用いて降下し地上部隊と合流するつもりなのだろう。

「あ、そうだ」

 何の気なしに、片足を中空に投げてからクロキンスキーは思い出したようにぽつりと一言。

「よくもまあ素直に聞き入れたな、こんなオッサンの言葉を」

 両足が雷竜から離れふわりと浮き上がった彼は、その一瞬だけ全員と目が合った。

 瞳に籠っていたのは猜疑心ではなく。

「たりめェだろ、アホ」

「そりゃあ、信じますよ」

 当たり前のことのようにアルと真由美が言って、最後に夕陽が素朴な笑みで継ぐ。


「世界の危機を共に戦う仲間の言葉ですから」

「―――はっ」


 実に短絡的で浅く、青臭い言葉。

 そしてそれをこの切迫した局面で実現してみせる勇猛さが、なにより雄弁に虚言でないことを語っていた。

 素直になりきれなかった中年はそれを鼻息ひとつで片付け、親指を立てるサムズアップ

「健闘を祈る。若人達よ」

 慣れ親しんだ急落下の感覚が全身を覆い、一秒前まであった景色が急速に遠ざかっていく。

 パラシュートの取っ手に指を掛けながらクロキンスキーは口元を綻ばせる。

 かつて多くの栄誉をその手にし、そして今はそれ以上のものを失った男。

 そんな中で、若き未来の可能性達から得られた信頼は、それなりに彼の胸中を心地よく満たしていた。

「勝てよ。俺も」

 パラシュートが開き、身体が持ち上げられる。地上までの滞空時間はまだそれなりにある。

 肩から降ろしたライフルに再度弾を込め直し、装填。

「最後まで手を貸してやる」

 空に響く発砲と排莢の音は、それからしばらく続いた。




     ーーーーー


 雷撃と斬撃が、粉々に撃ち砕いた外殻ごと内部で出撃準備を整えていた天使の集団を吹き飛ばした。

「ん?広ェな、格納庫か」

「そのようで。ちょうどいいですね」

 まず先に跳び込んだのはアルと人化したヴェリテ。どうやらクロキンスキーの見立てで突き破った箇所は下級天使達が随時飛び立つ直前の射出場も兼ねているようだった。

「大道寺、最短経路の再選定頼む」

「はい、今すぐ!」

 視界いっぱいに広がる天使達を前に両腕の刻印術を励起させながら夕陽が続き、最後尾で真由美が魔法を用いての算出を行っていた。


「ま、足から入ったんだからとりあえず上だろ、上」

「まずはここの天使を一掃しましょう。外で戦っている者達も、それで多少は楽になるはずです」

「急ぐぞ。速攻で片付ける。ティカ振り落とされんなよ」

「らじゃ!」

「ここから、こうなって、ええと…」


 それぞれが武器を構え、招かれざる者達へと無機質な殺意を向ける天使達へと向かい合う。

 こうして巨人の戦は内外において最終局面を迎えた。





     『メモ(information)』


 ・『日向夕陽』、『妖魔アル』、『雷竜ヴェリテ』、『レディ・ロマンティカ』、『大道寺真由美』。『神造巨人ヴァリス』内部へ侵入。


 ・『セルゲイ・クロキンスキー』、戦闘空域を離脱。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る