VS 黄金竜リヒテル(前編)
異世界の扉を潜った二人は自然豊かな大地の広がる平野に立っていた。
なんの事前情報も得ずに飛び込んだ為、ここがどこなのかどんな場所なのか、それらは何ひとつとして知らないまま。とにもかくにも現在地にてアルが行うことは決まっていた。
『ヒャッハー』
『ヒャッハーッ』
『『『ヒィィィヤッハアアァァァァーーー!!』』』
「世紀末かここは」
地面から炎を纏う剣を抜き出し、呆れ顔でアルはモヒカン頭の男達をバイクごと炎上させた。
ーーーーー
「イカれてるわこの世界。面白ェな」
けたけたと笑い、男達の悲鳴と怒号を背に白埜を連れたアルは空を見上げる。
「あっちだな。あそこ」
「……、アレ?」
アルが指差す先を同じように見上げて、白埜は藍色の瞳を半眼にする。
頭上の晴天が嘘のように、その一帯には黒雲が覆っているのが見える。時折見える光は、雷の稲光か。
「明らかに面白いだろ。この付近でなら」
「……あきらかに、あぶなそう」
行くの?と無言で顔を向ければ返ってくるのは快活な笑み。わかってはいたが。
「大丈夫だ。お前には最上級の防護を掛けてある。よっぽどの化物じゃなけりゃ数撃は耐えられる。そもそも数撃も叩き込ませる前に俺がソイツを殺してるがな」
この世界に足を踏み入れてまず初めに行ったのはモヒカンの掃討。次に行ったのがルーン術式による防護の重ね掛け。
御守を顕すイチイの木、群れ成す鹿の加護の印、活気と豊穣の実り。
大精霊の一撃すら防いで見せた三重ルーン術式、〝護法
連れてきた以上は万全を以て守り抜く。とはいえ自分も楽しみたい。となればずっと連れ歩いているわけにもいかなくなる場面は来る。
様々想定した上で行き着いたのは、『仮にアルが傍におらずとも確実に守れるようにする』ことだった。
「見てみろ白埜。落雷直撃してもなんともないだろ?」
「……とても、こわい……!」
黒色に染まる曇天の地域に入ると、凄まじい頻度で雷の餌食にされた。しかし白埜の脳天を貫くより前に黄金色に輝く首飾りが障壁を展開して白埜(と直近を歩くアル)を堅守していた。アルは自作のアイテムがきっちりと役目を果たしていることに満足げな頷きを見せていたが、頭のすぐ上をバリバヂと雷が弾けては霧散していくのは白埜としては生きた心地がしなかった。
「さて。白埜はこの辺で待機な」
「……この、さき?」
小高い丘の入り口に差し掛かった時、アルはひょいと抱え上げた白埜の体を丸みを帯びた岩のひとつにそっと降ろし座らせた。
「だな、いるぜこの雷の元凶が。ちょっと
「……。アル」
躊躇いなく白埜を中心に広がる防護結界の外に出て丘の頂上を目指し始めたアルを呼び止める。
どうせ行くなと言っても聞きやしない。やめろと言っても首を縦には振らない
それは知ってる。だから白埜は自分にやれることをする。
「……がんばってね」
「おう」
たったそれだけの掛け合い。なんの
「…アン!?なんでえテメエは」
「おー。人ではねェと思っていたが、なんだ?雷使い」
丘の頂上では、地面を穿って描いた円の内側で半裸のモヒカン達が喧々囂々と口汚く罵り合いながら乱闘をしていた。殴られ過ぎて動けなくなったものや事切れたものから順次円の外側に叩き出されている。バトルロワイアルのようだった。
「なんじゃこりゃ。最後の一人まで続ける生き残りバトルか?」
「だから、なんだって聞いてんだ、テメエはよ」
物珍し気に血塗れで殴り合う男達を眺め、円の外縁伝いに金髪の変態へ近づく。紺色の半纏に褌一丁。一体なんの冗談だか。
丘の景観全てを含めて、白埜を連れてこなかったことが正解だったと感じる。
「悪趣味なこった。人間同士が殺し合うショーなんぞがお好みってことは、テメェ相当ロクでもない低劣な人外だな?」
「薄汚ぇ気配を撒き散らしやがって。オイコラ、テメエの方こそがマトモじゃねえな!?」
キッと金髪の漢が視線鋭く睨みつけると、彼を中心に太く大きな落雷が幾条も丘を襲った。
「ひゃは、ぎギャアああああああ!!」
「ガッああああいィぃいいいギギギあああ!」
「ひぃいあああああ!?」
無差別に落ちる雷は円内で殺し合いを続けていたモヒカン達にも例外なく襲い掛かっていた。
ただの落雷現象ではない。人ならざるものによって引き起こされる超常の力。その威力もまた、通常の落雷とは比較にならない。
バタバタと息絶えて黒焦げに倒れ伏すモヒカン達を無感動に横目で捉え、褌姿の漢は右手を前に出す。
鋭く尖った爪が、自身の頸動脈を狙って振るわれた刃の軌跡に割り込み、弾き返す。
「へえ!よく防いだな、速度にはそれなり自信のある刃なんだが」
「見てから斬ったのか、俺様の雷を!!」
感嘆と憤激。共に異なる感情を吐露しながら続く二撃目の衝突。雷爪に抗う片刃は東洋の日本刀の形を成している。落雷と同時にアルが地中から生成したストックのひとつ。
かつての持ち主が雷に襲われた際にそれを斬り伏せたという荒唐無稽な伝承から生まれた、長船兼光作の一振り。その伝承をもって改められた雷神殺しの銘。
「〝
「ふざけた野郎だ、俺様に対して
さらに三度の応酬の末、爪に押し切られる形でアルが後方へ跳び退る。やはり純粋な膂力にしても並外れたものを持っている。
「だがいいぜッ。テメエは黄金の雷竜、リヒテル様のサンドバックとして認めてやる!せいぜい一秒でも長く抗ってみせろ!!」
「高慢ちきな名乗り口上どうも!妖魔に下される竜とはお笑い草にも程があるなァ!酒の肴にゃちょうどいい!!」
互いに中指を立て、雷の咆哮と雷の斬撃が丘の頂上にクレーターを生む。
「やろうやクソ雷竜。楽しもうぜ!」
「応さザコ妖魔!バトルの時間だゴルルルァァ!!」
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