戦に狂うは果たして竜か魔か


 この世界は元々は竜の住まう世界であった。種々様々な竜種が存在し、時に人と争い繁栄と衰退を繰り返してきた世界であった。

 それがとある時点でのとある地点で、大きな戦乱の末に、廃れた。今やこの世界に在る竜はかつての繁栄に縋りつく、こびり付く汚れにも等しい悪害である。

 だからこそ、ヴェリテはエヴレナの護衛兼お目付け役という役目以外にも使命感にも似た義務をその内に秘していた。

 この世界に未だ居残る竜種の粛正をば、この黄金竜をおいて他にはいない、と。

 雷竜の古巣でもある、この丘に足を運んだのもその感情が先行したからに違いない。明らかに、この土地には同胞の気配が放出されていたから。

 すなわちが黄金の雷。『武勇』を誇る武力に秀でた竜種の同胞。

 竜としての威厳も尊厳も無くしたかの竜を罰せねばなるまい。そう意気込んで彼女は夕陽と別れひとり雷鳴の丘へと行き着いた。

 そうして。


「…………あなたは?」

「ん。……あァ?く、ッハハ!!」


 目的の相手とは程遠い、気味の悪い瘴気と殺意を放出する褐色肌の青年と遭遇した。

 もちろん、彼はヴェリテが屠ると決めていた雷竜の同胞ではなかった。なんなら竜ですらない。

 ヴェリテが本来粛正すべきだった相手は、今現在その青年の足元でうつ伏せに倒れていた。

 自身と同じく金髪、逆立った髪型は本人の意思と同じく今はへにゃりと地面に向けて垂れ落ちている。

 上半身を半纏のみ、下半身はなんと褌一丁。とてもとても、同胞なかまであると口にはしたくないほど低劣な恰好をしていたが、残念ながら紛れもなく彼は雷竜の一員にて相違ない。

 そして、その彼を打破したのであれば、褐色肌の青年は少なくとも竜種の上位格に並ぶほどの戦闘能力を有した武人であることは確実。

 しかも厄介なことに、

「ハッハハ。また雷の竜かよ、楽し過ぎんなこの世界は。…どうした?コイツみてェにとっとと掛かって来いよメス竜。楽しもうぜ、この一時をよォ」

 この青年は、イカれている。

 あの雷竜との戦闘も無傷ではなかったのだろう。所々に裂傷と熱傷、流血の目立つ姿。お世辞にも万全とは呼べない状態。

 だというのに、彼は心底から愉快げに高笑い、手に持つ刃の切っ先をヴェリテへと向ける。


「なァ。ろうぜ、り合おうぜ。テメェもそれを望んでるクチじゃねェのかよ、あァア!!?」

「―――…………ふ」


 小さく短く、ヴェリテは嗤う。

 いいやいけない。理知的な彼女でさえ、その戦意は雷竜としての本質をくすぐられてしまう。

 闘争を、戦を好む黄金竜のさがを呼び起こされ、ヴェリテは雷光と共に利き手の内へ大戦槌を招来する。


「やめてくださいよ。まったく夕陽がいなくて本当に良かった。こんな笑み、彼にはとても見せられない」

「取り繕うなよ戦好きドラゴン風情が。頼むからもっと戦闘狂おれに構えよ。寂しいだろうが」


 共に二歩。それだけで十数メートルの距離を詰め合う。

 槌と刀が衝突し、衝撃は雷鳴の丘全域に響き渡る。

 妖精にして魔性を内包する妖魔の青年と、理性で野生を押さえ付けていた稀有な雷竜の暴力は互いを正しく敵と見定めぶつかり合う。

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