VS ラフテ・コング


「あーあ…。いたよ幸」

〝……〟


 鬱蒼たる森の中を当てどなく歩いていて、嫌でも目に入ってしまう四、五メートルはあろうかという大きな背中を見つける。ちなみに森に足を踏み入れた時点で幸には〝憑依〟によって内側に避難してもらっていた。この方が幸の協力込みでの本気の〝倍加〟がいつでも展開できるし。

 野生のくせにやけに毛並みの良い黒色のゴリラ。間違いなく依頼の標的ラフテ・コングだ。

(…不意打ちいけると思うか?)

〝…、!〟

 心中で同化している幸に問いかけると、目には見えない幸の姿が脳裏の方で大きく両手でバッテンを作る姿が視えた。

 俺もそう思う。あのゴリラ、やけに隙が少ない。真後ろから急襲しても対応されそうだ。

(でもゴリラ相手に堂々と名乗り出て勝負するのもアホらしいしなぁ…)

 もうこの際通じなくとも一応不意打ちの形で仕掛けるか。

 そう考えていた俺の方向へと、急にゴリラの首が向いた。

「は!?」

「ウホォ!!」

 なんて直観力。マジかこのゴリラ因果律操作で未来観てんじゃねえだろうな。

「まあいい同じことだ、幸!!〝憑依〟深度よろしくっ」

〝!〟

 いつものことながら相棒に頼み、戦闘態勢を確立させる。

 まずは様子見、未だ解放段階を初期に固定したままの漆黒の木刀を構え、こちらへ猛進するゴリラが勢いよく突き出す右手のタイミングに合わせ、振り抜く。

「……んっ?」

「ウホ…」

 バチンと木刀がゴリラの手の甲に直撃し払いのける。それはいい。狙い通りだ。

 ただ、今の手応えは妙だ。まるでたいした力が入っていなかった。

 パンチを繰り出してくると予想しての反撃だったのだが、そうではない。

 …まさか。

「…………握手、だったのか?」

 ゴリラが?人間に対して?嘘だろ?

 スポーツマンシップあるのか?野生の獣に。

 マジか?

「ウ、ウッホホホゴルルルァァァァアアアアアアア!!!」

 マジらしい。握手を拒まれて激昂しているゴリラのドラミングが森中に響き渡る。

「し、知るか畜生が!なら人語も覚えてこいやクソゴリラァ!!」

 負けじと大声を張り刀を正眼に構える。少しだけ罪悪感が残ったのは俺と(〝憑依〟で俺の心中を読み取っている)幸の二人だけの秘密にしておこう。

「ウホァ!」

 巨体のゴリラが大きな掌を向け、こちらへ向け押し出してくる。先ほどの握手を求めるそれとは段違いに速い。眼前に迫る掌底はもはや視界いっぱいに広がりゴリラの姿を一時隠す。

「う、ぉおっ!?」

木刀を差し挟みどうにか防御には成功するが、あまりの勢いに真後ろへ吹き飛ばされ大樹の一つに背中から叩きつけられた。

「ぐうっ」

「ウォォオオアッッ!」

 息が詰まる一瞬で距離を埋められる。恐ろしい俊足だ。

 今度は強烈なアッパーカット。背を大樹に押し付けられたまま今度は真上へ打ち上げられる。

 途上の枝葉を折りながら上空目掛けて浮き上がる俺を追随して、ゴリラが跳躍で追いつく。

「ウガァ!」

 直上へ打ち上る運動エネルギ―を途絶させる尋常ではない殴打。大樹を半ばから叩き折り、俺の体が斜め下の地面へ逆戻りする。

 なんとか受け身には成功したが、なんだこの威力、膂力は。

 顎はなんとか砕けずに済んだが、危うい。何度も受けていい打撃ではない。

 もうこれから先、元の世界に戻っても二度と動物園には行きたくない。きっと幸もそうだろう。異世界は色々なトラウマを土産に植え付けてくるな。

 とはいえ、だ。

「グォアアアアアアア!!!」

「―――いつまでも調子に乗るなよ、野獣風情が」

 まだ初戦。エヴレナの捜索やらこの世界の把握やらとやることが山とあるのに、こんなところで無駄に消耗してはいられない。

 存在を同化させている幸と示し合う。〝憑依〟深化。

 木刀、第一段階を解放しその刀身を抜き放つ。

 漆黒の木刀はその内に秘める白刃の真価を覗かせる。

「オラぁ!」

 頭部を狙い繰り出された脚撃に対し居合切りのカウンター。内反りの(本来の刀とは真逆で峰の方に刃のある)刀が抜刀の速度を上乗せした勢いでゴリラの大木のような足を斬り裂く。

「ウガァ!?」

(かってぇ)

 神刀の威力を以てしても両断には至らず、ゴリラの脛から骨まで到達させるので精々。

 俺が神刀の本来の所有者・使い手でないからか、刀の力がそこまで発揮されていない。

(関係ねぇ、このままゴリ押す!!)

 鞘を一旦投げ捨て、両手持ちで分厚い毛皮と筋肉の攻略に掛かる。ゴリラも腰の後ろに蔦か何かで縛り提げていたものか、大きな棍棒を抜き出していた。

 共に獲物持ち。鈍器と刃物を叩きつけ合う。

「「―――!!!」」

 棍棒が側頭部を叩き、神刀が腹部を裂く。

 真っ向勝負。良く言えば男らしく、悪く言えば泥臭い攻防が間近で展開される。

 緑と茶しか存在しない森の中に赤色が、人と獣の返り血が足されていく。

「ふ、ぅ。はぁあああ!!」

「ウゴ、ガアアアアア!!」


 何分、あるいは十何分か。

「……グ、ゥ」

 いつまでも決着のつかなそうな殴り斬り合いを続けていた内、ついに膝を着けたのは獣の方。

「…はあ、はっ!お前らゴリラ連中は、ほんとにっ!体力馬鹿ばっかだな…!」

 こちらも荒い息を吐きながら、ようやく底のついた獣に近づく。

 思えば棍棒と刀のどつき合い。どう考えても骨肉を裂く刃物の方がより命を削るのは明白だ。獲物が逆なら俺が殺されていただろう。

 おそらく死因は失血。力なく跪くゴリラの血色はよくない。放っておけばじきに逝くだろう。

 その前に。

〝……っ〟

「平気だ。ありがとな、幸」

 不用心にゴリラの懐まで歩み寄った俺を心配する幸に応じる。どの道、ここからゴリラが何をしようと勝敗は変わらない。

「おい。ラフテ・コング」

「……グァ」

 自らそう名乗ったわけでもなし。人間が勝手に名付けたものにかろうじての反応を返したゴリラの片腕を引っ張り上げて、その手を両手で握る。


「ナイスガッツ!いい勝負だったな!!」

「…………」


 それは先刻、知らなかったとはいえ俺が一方的に拒絶した開戦のサイン。お互いを讃え合う所作。

 今更過ぎると激怒するだろうか。勝利した上の同情じみた行為に嘆くだろうか。

 そんな風に考えを巡らせて嫌な汗をかいていた俺を、逝きかけの薄らんだ瞳がしっかりと見据えていた。

 やがて、

「―――……ウホ」

 その野生動物ゴリラは、本当に獣かと思うほどに人懐っこい笑みを浮かべて、小さく返事らしきものを返した。

 それきり、顔を伏せたゴリラが動くことはなかった。




     ーーーーー

「さて。ヴェリテはどこまで行ったかね」

 森を抜け、ヴェリテと別れた地点まで戻った俺は四周を見渡すも、あの金髪美人の姿も大きな金色雷竜の姿も見えなかった。まだ別件とやらが済んでいないのか。

「……」

「うん?」

 〝憑依〟を解き、隣を並んで歩く幸はずっと不思議そうな顔で俺を見ていた。一心同体で過ごし闘い続けてきた相棒の思惑など、言葉を交わさずとも解る。

 不思議がっていた。何故あのゴリラを相手に近接戦のみで挑んだのかと。

 やろうと思えば、刀や肉体を用いた戦闘以外にもやれることはあった。篠から借り受けた隠形の術も、幸から流れる五行の術も。

 わざわざ無駄なダメージを受けてまで刀ひとつで渡り合うことのない一戦であったのは間違いない。

 でも。

「わかるよ。でもな、幸。男ってのは、たまに意味わからんくらい馬鹿になることがあるんだよ。わざわざ同じ土俵に上がってまでやり合おうってなる時がな」

 あのゴリラは、敵意こそあれ殺意は無かった。最期の最後まで。

 きっとあいつは、遊びたかったんだ。

 だから俺も乗った。始めに断っちまった手前、せめてこのくらいは付き合うべきだと思ったのもある。


「わからんかな。女の子には」

「?、…………?」

 ついぞ幸には伝わらなかった。ここまで俺達の仲で意思が伝わり合わなかったことも稀かもしれない。

 でもまぁ、それでいい。

 少なくとも俺は、あのゴリラは。

 それであの勝負を満足のいくものとしたのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る