人は猩々を、竜は竜を


 エリア2:ガトランド地方の大自然を眼下に収めつつ、俺は強烈な風を顔面に浴びながら強風に搔き消されないよう大きく声を張る。

「お前がいてくれると移動手段に困らなくて助かるな!ヴェリテ!!」

『ふふ。普通であれば自尊心ほこり高い竜種はおいそれとは背に他の生物を乗せたりはしないものですが、貴方であれば。学校で自慢するといいですよ』

「いやさすがに元の世界で話題にすることはないと思うが!」

 俺ドラゴンの背中に乗って異世界の空を飛び回ったことあるんだぜ?とか、頭の心配をされるかクラスでハブられるかのどちらかの未来しか見えない。

 ヴェリテの竜化形態。かつての社長戦争やアッシュワールドで見た姿よりもさらに大きく猛々しく変化した姿に最初は面食らったものだ。どうやら異世界のルールに則ってその体躯を縮小させていたらしいが、今回に限ってはその制約に縛られる必要もないのだという。だとすれば、この三十メートルに届こうかという巨体の竜がヴェリテ本来の姿なのだろう。

『じきにナンバサ地方に差し掛かりますが、一度地上に降りますか?』

「ああ、そうしよう!」

「…!」

 急降下するヴェリテの体から引き剝がされないよう、〝倍加〟で高めた握力で強く鱗のひとつを掴み、逆の腕で幸の体を抱き寄せる。〝憑依〟で俺の中に入っていてもらった方が安全面の意味では良かったのだろうが、長い黒髪を風でわちゃわちゃにされながらも楽しそうに広大な景色を堪能するその表情を見れば、多少の危険はあってもこの形で騎乗していたことが正解だったと実感する。

 普通は安全装置も何もない飛行生物の背中に乗っているなど絶叫ものではないかと思うが、それも俺への信頼故のものかと思えば悪い気はしない。

 死んでも離さん。なんなら俺の方が急降下するジェットコースターのような勢いにビビり散らかしているくらいだが、それはポーカーフェイスにて隠し通す。俺だって男の子だ。意地を張りたい時もある。


 急降下のわりに着地及び減速は極めて丁寧の行われ、俺達は草木の生い茂る森の手前に降り立った。

「しっかし、またコレか。ゴリラってあらゆる世界に存在してんだな…」

 ヴェリテと交わした会話も冗談では済まず、あるわけないと高を括っていたゴリラ討伐の依頼が張り出されているのを見て、早くもハンター登録をしてしまったことをやや後悔してしまった。

 なんであるんだよ。どの異世界行っても絶対遭遇するじゃねえか。

「まあまあ。さほど強い個体でもないらしいですし、肩慣らしにはちょうどいいではないですか。ふふっ」

「おい何が可笑しいんだヴェリテ、言ってみろおいコラ」

「いえ別に」

 人化状態となったヴェリテが、堪え切れないと言わんばかりに口元に笑みを作ったのを見逃さない。瞬時に平時のクールビューティーな真剣面に戻っていたが、俺はちゃんと見ていたからな……。

「…それにしても、あまり大きな変化はないのですね、ここは」

 俺の視線から顔を逸らし、ヴェリテは懐かしむように四周をくるりと見回した。

 そういえば、ここは女神が再興する地に選んだ場所である以前に…。

「お前ら、竜の故郷なんだったっけか」

「ええ。我々がかつて住み、我々が滅ぼした土地でもあります。人との、戦争によって」

「……」

 竜と人はどの世界でも相容れないものなのか。この世界においてもそれは変わらなかったのか。

 規模は違えど、俺達が暗黒竜との決戦を繰り広げた時のように。あれと同じように。どの世界でも。

 …いや。

「少なくとも俺達はそうはならなかった。一度は闘ったが、今はお互いに認め合って友達になれた。エヴレナともな」

「……はい。そうですね。その通りです」

 小さく微笑んで頷くヴェリテだったが、その表情には一抹の寂寥感が纏わりついているのがわかる。

 わかっている。あまりにも小さな関係だ。一個体の人間と竜の友好など。

 種族全てで手を取り合えなかったから戦争は起きた。殺し合いに発展した。

 相互理解を他種族同士が全面的に成し遂げるのは至難であることくらいは俺にだって理解できる。

「ただでさえ、人は人同士で、竜は竜同士でも分かり合えない。今だってそう」

「…ヴェリテ?」

 ゆっくりと背を向けて、ヴェリテは遥か先にある平原の東を見据える。

 その瞳には、先ほどから窺わせる寂しさに加え、剣呑な殺意に似た色を浮かべていた。

「夕陽、幸。あなた方は依頼の達成を。できるだけ死体は原型を残した方が素材の値も高くつきますので、そのようにすることを薦めます」

「ああ、それはもちろん。…お前は?」

「私は私で、別件を片してきます」

 くいと直した伊達眼鏡の反射で、怖気を覚えるその瞳は見えなくなる。意図的にそうしたのかどうかは、わからないが。

 しかし隠しきれなかった声色から溢れ出る、圧力を伴った呟きは耳に捉えた。


「この世界に、もはや黄金の雷は存在しません。してはならないのです」


 この雷竜は明確に、静かに、怒っていた。

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