VS 黄金竜リヒテル(後編)
初めは少し強いだけのチンピラだと思っていたが、考えを改める必要がある。
この竜は、
「ヒャハハハははあァアア!!」
脅威は爪と雷だけではない。アルの視線を上手いこと誘導しつつ脇腹に受けた大きな横薙ぎの尾が脇腹に激突し、骨と内臓が悲鳴を上げる。
「ッげぼ!」
「オラぁアン!!」
吐血と共に顔を歪ませるアルに構わず、怒号ごと吐き出される雷のブレス。
零距離。爆裂する土煙の中から刀を前面に構えた状態で片膝を着くアルの姿が現れる。
「クッ、ハハ」
ゆっくりと立ち上がり、亀裂の走る刀を投げ捨てる。この模造された刃はもう限界だ。
使い手に、落雷すら瞬時に対応させる反射速度と迅雷の力を振るわせる〝
少なくとも五度は斬った。だが刃はリヒテルの着ている半纏しか裂いていない。表皮、薄皮一枚すら届かぬことなどあるものなのか。
(はーなるほど。竜の鱗ってのはここまで硬ェんか。こうなると必要なのは純粋な威力よりも…)
「ぼんやりしてんな次行くぞオラァ!」
雷を落としながら、リヒテルがアメフトじみた凶悪なタックルを仕掛ける。
冗談じみた速度で迫る雷竜の体当たりに対し、徒手で挑む。
コレはやや神域だ。時間が掛かる。
タイミングを読み、素手でリヒテルの頭部に生えている角を掴む。
「ぐ、ヌゥおおおおりゃッッ!」
「うお!?」
そのまま速度に押し負ける形で背中から後方に倒れ込みつつ、曲げた片足をリヒテルの腹に叩きつけ投げ飛ばす。
異界の竜は巴投げというものを知らなかったのか、勢いを利用され二十メートルほど飛んだ後に丘の大地に大の字で叩きつけられた。
「いっでぇ!!」
(なるほどな。衝撃は殺し切れない。斬れなくても
無理に雷を纏うリヒテルを鷲掴みにしたせいでプスプスと煙を上げる両手の痛みなど無いと言わんばかりに、アルは何事か叫びながら立ち上がったリヒテルがこちらを向くより早く地面から穂先を抜き出す。
「とはいえ、やっぱ俺はこっちだよなァ……ッ」
銀色の柄に同色の刃先。特にこれといって特筆すべきものは何もない、ただの短槍。
鍛造し、握り心地を確かめる。対竜ということでストックの内にないものを急造したにしては、悪くない。
格下だと信じて疑わなかった相手に一矢報いられ、ただでさえ回らない頭をほぼ怒りで占めたリヒテルの再度の突撃。
今度はカウンターで短槍を突き出す。
「―――、!?」
肩に突き刺さる爪に手応えを感じる間もなく、胸部にずぶりと沈み込んだ槍の穂先が久方ぶりの激痛を伝えてくる。
「ァァ!?テメエ、これは……」
「おうよ。
凶悪に歯を剥いて、アルはようやく届かせた刃に満悦する。
そのまま槍をさらに押し込めようとしたところで、リヒテルの蹴りが腹を打ち即座に距離を取らされる。
流石の
これなるは王の娘の命運を左右した、とある毒竜を打ち倒した聖人の槍。伝承をなぞり、その性質は竜種の表皮を容易く穿つ。
銘を〝
流血する胸を押さえ、リヒテルがきょとんと、やがて狂うように雄叫びを上げる。
「いで、いってぇな。オイ、コラ。テメエ。……誰の、躰に、傷をつけてやがんだアアアアアアアアアアアアアンンン!!?」
叫びは黒雲の雷を残らず呼び寄せ、丘の全域を焼き尽くす。
獲物の短槍で弾きながら様子を窺うアルの目線がどんどん上へと向かっていく。
人の形をしていたモヒカン男は、雷の渦の中でその姿を変貌させていき、見上げるほどの大きな竜の体躯を明かした。
『コロスぜ!これが俺様の本気だ、あの世に逝くほど痺れて死ねやァァあああああああああ!!』
「ハッハ、クハハハハハハハ!」
涙が出るほど高々と笑う。そうだ、そうであるべきだろう。
俺やお前のような、闘いにしか生き甲斐を見出せないどうしようもない大馬鹿野郎は。
尊厳も栄光も必要ない。我欲と本能でだけ在ればいい。
雷竜はそれを魅せてくれた。竜種としての誇りをかなぐり捨て、本来の姿を取ってまで、塵芥のひとつとしか見ていなかった妖魔を我が命に届き得る敵と判別した。
だからアルも個人的な体裁や意地を捨て、挑む。
「〝
無制限に降り続ける落雷と一息で丘をごっそりと抉り飛ばす雷吼。どちらも完全なる回避は不可能。
腕を足を雷に撃たれながら、唱える言葉に合わせて吐いた血を銀槍に塗りたくる。落書きにも見えるそれは、確かなる意味を持つ神秘の古語。
剣術の師より仕方なしに受けた、それは北欧の旧きより在る古の原語。
何よりも小細工を嫌い正道を好むアルにとっての悪手。だが相手も不服を貫いての一戦であれば出せる
だから、小細工込みで必ず殺す。
「〝
最後の一文字を刻み、アルは跳び回っていた足を止める。黄金竜リヒテルはアルの動きを読み、停止した位置に対し最大の咆哮を蓄えていた。
それでこそだ。受けて立つ他何もない。
神威を示す短槍を逆手に握り、投擲の構えに移るアルを眼中に捉えるリヒテルの行動は変わらない。
「『…………、ふう」』
こちらこそが最強。子供の喧嘩にも似た意地の張り合いが、互いの一撃に至る溜めの時間を看過した。
そして同時に放たれる最大出力。
「オオオオオォォォオアアアアアアアアアアアアアア!!」
「〝
妖魔どころか雷鳴の丘全てを消滅させるほどのサンダーブレス。
ルーンを刻んだ上で投げつけられた、特製の竜殺し。
ふたつの極大が真正面から衝突し、拮抗し、競り合って。
鎗が、雷を貫いた。
ーーーーー
「…。ふ。っふふはは」
その体は打ち消しきれなかった最後のブレスに嬲られ至る所に熱傷を生んでいる。
とてもではないが、勝者の在り方としては程遠い。
だが確かに竜との闘いに勝ったアルは、誰も見ていなかったこの一戦を忘れない。
「良い、勝負だった。お前もそうだと、嬉しいがな」
言葉を投げかける、数メートル先に伏す金髪の漢は何も答えない。当然だ。槍の貫通で心臓を喪ったのだから。いくら竜とて生命活動を続けられる道理は無い。
それでも、と。
これは勝利した妖魔の一方的な思い込みなのかもしれない。
それでも、だ。
うつ伏せに倒れ逝く漢の口元は、僅かに笑んで見えたのだ。
ーーーーー
戦に狂う者ならば、いくら至上の決戦を終えた後であろうと感傷に浸る余裕などあってはならないだろう。
ましてやその相手が、たった今妖魔を死ぬほど昂らせてくれた者と同種であるとなれば、尚更のこと。
「ハッハハ。また雷の竜かよ、楽し過ぎんなこの世界は」
振り返るまでもなく、威容を放つその存在は金の髪を揺らせて、リヒテルに劣らぬ戦意をぶつけてきてくれた。
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