再びの地下
デッドロックとヒロイックが撤退したことでクラリッサへの危機はひとまず去った。そのまま彼女にはセントラル防衛を頼み、他の面々は来たばかりのセントラルを後にしてアクエリアスへと舞い戻った。
半ば突撃するような形で飛び込んだにも関わらず軍事基地の人間が潔く道を開けてくれたことに夕陽は強い違和感を覚えたが、逆にアル達はその心中を深く察していた。
大方、神器争奪戦を終えた直後にこの施設を用いて地上へ戻った彼らを問答無用で捕縛・連行した際に受けた元帥閣下の叱責を気にしてのものだろう。地下探索を行ったメンバーの顔は良くも悪くもこの
ただ今はそれが良い方へ向いていた。一刻を争うこの状況下で入門手続きなどという話になっていたら、それこそ彼らは強行突破で内部へと押し入っていただろうから。
「再確認するが、最優先するべきは『浮上』の術式を起動させた装置、あるいはその術者だ」
地下深くを貫く形で建造された基地のエレベーターで最下層まで降りる最中、夕陽が総員を見回しながら優先事項の共有を改める。
「もしその道中であの二人と遭遇してもひとまず無視する。…まぁ、現実的な話をすると無視なんて無理だろうから、誰かがそこで残って相手をすることになると思う」
「なら火力重視で考えた方がいいでしょう。聞いたところによれば赤髪の槍使いは相当な使い手。まともに打ち合えば技量で負ける。あの剣鬼とかいう怪物レベルでなくば、接近戦は八割方で負けが込みます」
「ヒロイックとかいう女の使う魔術も面倒だ。どっちも近づけないで片付けるのが一番手軽だろうな。デケェ火力で距離を確保したままぶっ飛ばすってのは俺も最善だとは思う。つまんねェけどな」
夕陽の言葉にヴェリテが案を出し、それにアルが賛同を示す。
それに関しては夕陽も同意見だった。
分身体相手であっても夕陽は圧倒されていた。あれほどの槍の手練、尋常の域を凌駕した技である。槍自体もある程度サイズの変化が効くらしいことから、間合いはそれなり。遠距離戦に持ち込めれば敵の優位性は大きく削がれる。
そして、そうなると既に出せる札は限られる。
「…俺みたいな人間はまさに最悪の相性だ。近づいてしか敵と打ち合えない以上、絶対的にあいつ相手では技術で負ける」
弱気とも取れる発言だが、それでも勝てないとは言わない。もし対峙したとしても、最悪差し違えるまでは持っていく気概でいた。敗北などあってはならないのだから。
ただそれでも。もしぶつける手札を選べる状況にあったのだとしたら。
それは自分ではないのだろうとは確信している。
そんな夕陽の心境を察してか、おもむろにディアンが片手を挙げながら発言する。
「俺も同じく、だ。生粋の剣士である自覚はあるが、それでも『ネガを守る英雄』とやらは人外クラス、それこそリヒテナウアーみてーな英霊に匹敵する化け物。人の域で到達できる領分を大きく超えてる。さっきの話を踏まえた上で考えれば……」
ディアンの目は緩やかに流れて三つの人物へと注がれる。
それはヴェリテ・シュライティア・エヴレナの三名。すなわちが竜種。
竜にはその代名詞とも呼べるブレスがある。加えて竜種は各々が種族に応じた属性の力を強く宿している。雷と風、そして覚醒した真銀はそのどれも遠距離における攻撃性能は極めて高い。
「おっけー!わたしの力は地下全域に届くっぽいからどこにいても皆〝眷属〟と〝祝福〟の力は受け取れるからだいじょぶ!」
気楽に気軽にそう応じたエヴレナとは対照的に、雷竜と風刃竜の様子はどこか重かった。
「…何か、問題があるか?あるなら遠慮なく聞かせてくれ」
異論じみた空気を感じた夕陽がそう促すと、やや俯きがちに顎に指を添わせていたヴェリテがおもむろに口を開いた。
「―――夕陽。…セントラルを崩落せしめんとするこの大術式。竜都を再び栄えさせんとするこの暴挙。おそらくですが、この術式を起動させた者は、三竜公の」
チーン。
最下層へと到達したことを示す陳腐な音がエレベーター内に響き、二段構え両開きの大扉がそれぞれ左右へ展開する。
「チッ」
「…なるほど」
妖魔の舌打ち、そして初めて地下という魔境へ踏み入れた夕陽が冷静に一息を吐く。
眼前。
歪む景色。現れる白ウサギ。
「さっそくか。〝
「ああ理解した!〝
『「―――」の「―――」。その性質は「―――」』
相も変わらず白いウサギ。囁きの悪魔は敵にも味方にもならず、ただただ己が役目を全うせんと定型句じみた文言を垂れ流す。
「「任せた。すぐ行く」」
結界に取り込まれる二人が揃えた声に、応じる返事はまた同じく。
斯くしてセントラルからアクエリアスへ飛んだ最速距離、そして地下へ潜った最短距離、総じて含めて十八分。
残りを一時間と四十二分。日向日和の命を削って維持する世界の存亡は、どこの組織とも属せぬ無名の十名へと託された。
今、再びの地下を舞台とするいくつかある決戦のひとつが幕を開けるのだった。
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