それは地下深く、それは人知れず


 正直なところ、予感はあった。

 『ネガを守る英雄』を襲う『ナレハテ』。その事態に異常を覚えたヒロイックとデッドロック。その二名の動向は迷うことなく再びの地下への逆戻りだった。

 もしかしたら。万が一にも。そんな懸念は淀みなく皆の脳裏へとよぎった。

  『ネガ』―――すなわちが情念の怪物―――には様々な指向性が付与されていた。それは各々の胸に巣食う感情・潜在意識の顕現、あるいは具現化を成したもの。

 であれば。その総てがなどということがあるものなのか。

 否。この法則性を基準にするならば、むしろ『ネガ』とは仲間意識や共生能力とは無縁の存在である。

 であるのならば。この展開も容易に受け入れられる。

 己が情念の赴くままに自由自在を敢行するのが『ネガ』であるのなら、その反発は受容して然るべきものだ。


『くすくす。きゃっきゃ』


 だから。

 最短最速で地下最下層まで到達した者達は、その光景になんら違和感を感じることはなかった。

 激戦の跡地。凄まじき攻勢の押し付け合い。竜都は半壊し、そこには不定形を維持しながらも常時楽し気に笑い続けると、それへ絶えず攻撃を続ける遠方、ドラコエテルニム最奥からの何者かの交戦状況があった。

「…ヴェリテ。さっき何か言いかけてたよな。なんだ」

 そんな光景をやや遠目に捉えながら、ディアンがヘキサゴンから地下へと至る手前に話していた雷竜の言葉を思い出しながら問う。

「ええ。今しがた確信しました。今セントラルを脅かしている術式は紛うことなく三竜公―――破壊大帝、暗黒竜王エッツェルに仕えて永い最古の腹心。古闇竜ドラクロアの発動したものと見て間違いありません。今、あの竜モドキと戦っている奥の者がそうでしょう」

「なるほど。なら」

 手早く状況を理解したディアン含む皆々は、小さく頷いてそれぞれの武器を握る。

「ドラクロアは是非とも我らに」

 初めに意見を出したのはシュライティア。同じ竜として世界ごと袂を別った同胞へのケジメのつもりなのか。先んじて台詞を取られたと言わんばかりの様子を見せるヴェリテやエヴレナも同じ心境なのだろう。

「…じゃあ、あの竜みたいなナリした…『ネガ』?は俺達でか」

 残るディアン、エレミアであのありえない動きを繰り返す竜モドキの暫定『ネガ』を倒さねばならないのかと思うと頭が痛いが。初手で結界に呑まれた戦友二名のこともある。弱気なことは言っていられない。

 ただし敵はまだこれだけではない。

「こっからおそらく反英雄も近い内に来るだろ。それへの対応も忘れないようにな」

 ネガを守る英雄。こちらは軍事基地ヘキサゴンを利用したショートカットを行った面々に比べ、先んじたとはいえ来た道を引き返す形でセントラル地下道から竜都を目指しているあの二名の到達にはまだ時間的余裕がある。

 ただそれでも時間の問題。いずれ必ず来るのは確定された未来だ。

 それまでに状況を出来るだけ良い方向へ傾けるのが仕事。ディアンは己が役目をそう捉えた。

 三つ巴以上の戦況下では戦力の各個撃破は極めて難しい。総取りを狙うならばどこぞの悪竜王よろしく傍観が最善策ではあるものの、生憎と人類サイド代表でもあるこちらの陣営としては『浮上』の阻止を鑑みて長期戦は悪手となる。発動時間の詳しいところはわからないにせよ、長く時間を与えていい状況ではないのは確かなのだから。

「ドラクロアの術式阻止を大前提としながらもあの『ネガ』の竜…を押さえながら、あの馬鹿みたいに強い反英雄の備えもしなきゃならねーってのか。クソ、こんな渋い勝利条件があるかよ!」

「文句言ってる場合じゃないよディアン!やらなきゃ世界の終わりだ、褌締めて掛かろう!」

 肩に乗るカナリアの至極真っ当な正論に青筋を浮かべながらも否定はしないディアンを含む、世界を守る戦いに身を投じる人員の全てが己の役割に則り行動を開始する。




 ―――と同時期。

 時間の流れがやや異なる『ネガ』の結界内にて。

 取り込まれる前から最大の火力を練り上げていた二名は取り込まれた瞬間から眼前に移った影へと全霊の一撃を叩き込んだ。


「〝影追棘鑓ゲイボルグッ!!〟」

「〝魔光剣フルストライクッ!!〟」


 並の相手であればこの二撃で消し炭になるであろうものを、頭上へ狙った鮫のような生物は数体を蒸発させるだけに留まり、結界はなおも維持を続けている。

「本体は他にいるか。おい夕陽!テメェ『ネガ』の結界はルーキーなんだから気を付けろよ!」

「言われなくても警戒全開にしてる!お前こそ知ってるからって寝首掻かれんなよ!」

 互いに支援とも罵倒ともしれない文言を投げ合い、その最中に意識外から現れた白いウサギは淡々とその仔細を今一度語る。


『「飛沫」の「エラー・エントリー」。その性質は「散逸」』

「「ォォおおおおおおおらあああっっ!!!」」


 なんの手掛かりにもならないウサギの語りを無視して、先を急ぐ憑依使いと刀剣使いの猛攻が気勢を上げる。


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