VS 疫毒竜メティエール (前編)


 竜種の上位には特殊な名称が付けられることが多い。

 例えば風竜の上位種、風刃竜シュライティア。

 例えば森竜の上位種、緑花竜フィオーレ。

 例えば地竜の上位種、震蛇竜ヤヌス。

 雷竜はそれ自体が上位種であるが、そのさらに力のある者を指して黄金竜と呼ぶこともある。

 その中において、同種の中でも星辰竜ポラリスや閃光竜チェレンと並ぶ上位光竜である浄光竜。

 そして竜種の中では特異、亜種とも取れる毒竜の上位種。疫毒竜。

 共にその存在を高位としながらに戦闘経験は未だ乏しく、そしてまだ歳若い。

 そんな両者が死に物狂いで死地に立つのは、立つことが出来るのは。

 等しく同じく、決意と覚悟の高さが故。

「どいてよ光竜!どうして邪魔すんのっ!」

「君こそ!なんでそこまでして神器を壊そうとするんだ!?」

 飛散する劇毒がいくつもの塔と建造物を熔解させる中を、光弾とブレス、そして握る短剣で迎撃しながらシャインフリートが輝く体躯を肉薄させる。

 臆せず、メティエールも毒から生み出した剣を構え、素人剣技を真っ向から受けて立つ。

「決まってるじゃない!エッツェル様がそれを望んでいるから!!あの方の望む未来に、神器は必要ないの!」

「本当にそれが正しい未来だと思っているのかい!?竜だけの世界、他の全てを否定する世界が正しいと!」

 打ち合う度に毒の剣は飛沫を上げる。その一滴でも身に触れれば瞬く間に疫病に侵されることになるだろう。それがわかってるからこそ、シャインフリートの攻め手は臆してしまう。

「正しいかどうかなんて―――知らないッ!!」

 シャインフリートの呼びかけに苛立ちを覚えたように、メティエールの剣撃は勢いを増していき、次第に力押しで負けていく。

「正しくなくてもいい、間違ってたっていい!!エッツェル様の言う、人間を殲滅した世界こそがわたしの望む世界なの!パパとママを殺した人間が殺され尽くした世界がわたしの願う世界なの!!だから…だからそのためならなんだってするもん!!」

 大振りの一撃で短剣を弾き上げられ、次の大薙ぎが胴体を裂いた。咄嗟の判断で後方に跳んだのが功を奏し傷自体は極めて浅いが、その剣はメティエールの能力から生成された猛毒の剣だ。

 当然掠り傷でも毒の刃は傷を与えた時点でその影響を肉体に及ぼす。

 いくら同じ竜種とはいえ長くは保たない。

「く……ぁ、があ…!」

「ほら、早くどっか行ってよ!!わたしの毒は受けたらすぐに処置しないと死んじゃうんだからぁ!」

 それは警告であり嘆願であった。ここまで多くの人間を殺してきたメティエールも、同胞たる竜種を手にかけたことはまだ無かった。このような殺し合いの場すら経験の浅い彼女にとって、己の毒で同胞を傷つけることには大きな抵抗があった。

 だがまだ間に合う。メティエールは毒のプロフェッショナルにしてエキスパートだ。だからこそその致死量も、死に至る時間にも確かな見積もりがある。今すぐ撤退し解毒に専念すれば助かるはずだ。

 だが。

『まだ、だ。まだまだ…、退くわけには、いかない!!!』

 身を侵す毒に震えながらも、野太く響く声に変じたシャインフリートの姿はみるみる内に強い光を纏う竜の姿へと変わった。

「な、ん…で」

 理屈自体はなんとか理解できる。

 竜化することでその体面積は劇的に増大する。これにより人化形態で受けた毒量は竜化によって薄まる。より正しくは全身に回る毒の量が軽減される。

 咄嗟の判断にしては上等だ。しかしメティエールが狼狽えた理由はそこではない。

「なん、で。…逃げないの…」

 これは一時的な対策に過ぎない。薄まっても毒の回りはいずれ全身に至る。だから竜化は時間稼ぎにしかならない。だというのにこの場を離脱しないのはどういうことか。

 理解出来ない。理解したくない。

 よもやこの光竜。まさかとは思うが本当に。本当に。

「ニンゲンの為に。人間、なんかの為に……っっ!!」

『なんか、なんて言わないでくれよ。僕は彼らを尊く素晴らしいものだと思っているんだから』

 光竜シャインフリートは排他的な闇の世界に長く身を置いていた竜種だ。

 だからその世界の内にあるものしか見て来なかった。

 それが、外界からの来訪者により様々なことを知り、外敵からの襲来により初めて外への興味を持った。

 愛する闇竜から離れてでも外を知るべきだと思ったのは、あの大きな戦を体験したからだ。

 竜王勢力の一部が襲い掛かって来た時、このままではいけないと悟った。強くならなければいけないと痛感した。

 時空竜の決戦を経て、世界には多くの猛者がいることを知った。たくさんの力あるものの信念を目の当たりにしてきた。

 悪竜王の非道に巻き込まれた存在にも触れた。同じ竜種にもドス黒い悪意に基づいて行動する卑劣な輩がいることに悲嘆に暮れた。

 外に出てから先、無数の存在と経験が浄光竜シャインフリートの考え方を支えてきた。それらがあるから今の彼がいる。

 その全てが、シャインフリートから『撤退』の二文字を奪い去っていた。

『負けられないんだ。君にも、悪竜王にも、竜王にも。全ての害難を退けて、僕らはこの世界を最上のものにする。全ての生命を是として成立する光輝く未来へ導くんだ!』

 あの子の道を支持する。銀の天を照らす。

 今シャインフリートの目指す未来は間違いなく他の皆と同一のものとなっている。

 真銀の輝きをより増す為に浄光は力の限りを尽くす。

 竜化した体躯がより一層の輝きに満ちる。誰が為にこそこの光は真価を放つのだ。

「…………馬鹿みたい。ばかみたい、バッカみたい!!!」

 しばし唖然としていたメティエールは、次第に感情の波に揺さぶられるように声を荒げていった。

 言葉の最後には、その少女の身体は毒の霧に包まれて本来の竜化形態へと変貌する。

『わけわかんない!そんなもの認めない!そんなの信じない!!わたしは竜種わたし以外を受け入れない!!だって、ほんとにそうなら、パパもママも死ななかったはずだもん!!!』

 両親を殺された竜の怒りは留まるところを知らない。その憎悪は収まることなく増大し続ける。

 もはや言葉では止められない。理屈では押さえ込めない。

 刻まれた斬り傷から毒は蝕む。いずれにせよ決着は短期に澄ませなければならない。

 浄光竜の轟く咆哮に応じ、疫毒竜の悲鳴に似た怒号が古代都市全域に響き渡る。

 歳若き少年少女の竜。

 その衝突がようやく終わりを見ようとしていた。

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