VS 火刑竜ティマリア (中編)
おそらくはここか、保っても次が最後。
アルお得意の直観は自らの限界値をそこで悟っていた。
地下に入ってからの連戦。というよりトラブルとアクシデントの連続によってアルの体力も削られ続けていた。一度も完全回復を行っていないこの身体は着実に追い込まれている。
そこへ来ての上位竜種。当然ここで倒すつもりではいるが、その『次』へ残せる体力に自信は無かった。
炎の中でティマリアと打ち合う最中、横合いと背後から迫る黒い砲撃を身をよじって回避する。
(加えてこのよくわからん影!なんなんだコイツら!)
大広間のそこかしこから現れる人型の影はアルにのみ狙いを絞って襲い掛かる。竜王陣営の手勢かと思えば、それを見るティマリアにも僅かな動揺と懐疑が見て取れた。どうやら既知の駒というわけではないらしい。
漆黒の刃二振りを交差させて突っ込んできた影一体と数合を打ち、弾きと共に胴体を両断する。きちんと真っ向から相手できればそれほど苦戦する相手ではないが、如何せん数が多く、そして影にだけ意識を向けていられる状況でもない。
「っ…!」
両断された上半身がずるりと持ち上がり下半身と接合する。驚異的な回復力より前に斬り裂いた影の内に一瞬見えたものに気を取られる。
(コイツらまさか―――)
信じ難い仮説。だが当たれば全てに辻褄が合う。
「どこを見ている!!」
払った手から無数の炎杭が飛び出るのを刀一本で迎撃しつつ、さらに背後から跳び込んできた影の刺突を脇で押さえ付け真後ろへのヘッドバッド。ゴギャリと黒い顔のどこかが砕けた音を直に聞き、仰け反った影の心臓部へと五指を揃えた貫手を叩き込んだ。
流動しているようで人間のような肉感も併せ持つその影の内部で広げた手が何か硬いものを掴み取る。
瞬時に理解した。同時に鍛造する。
「―――〝
「なっ」
影から手を引き抜く勢いそのままに、握る刃をティマリアへと振り下ろした。
光を呑み込む純黒の剣。破壊の属性を宿す特大の斬撃が炎の杭と壁を諸共に粉砕しながら火竜の肉体を袈裟斬りにする。
「ハッ…やっぱ黒竜……竜王の鱗を核にしてやがったな、この影!」
影人を成しているコアの正体がそうであるならば、ティマリアを襲わなかったことも納得がいく。鱗一枚とて竜王の力が宿っているならば、己が臣下を意図的に傷つけるわけがない。
アルがその手で加工した竜王の鱗は今の一撃で粉々に散らばった。アルの技量が不足していたというよりは、下賤な種によって使われることを厭がって勝手に自壊したという方が正しい。
黒竜の刃を扱ったアルの腕自体にも深い裂傷が手の甲から二の腕まで及んでいる。おそらく二度は同じ手を使わせないだろう。
(鱗ひとつ取っても傲慢な野郎だ。妖魔風情に使われるなら自ら消え失せるってわけか)
周囲で魔法の用意をしていた他の影人も、今の出来事に連鎖するように霧散させて消えていく。最大最高の威力を生み出す竜王の鱗はもう奪えない。
しかし、最初で最後となった不意急襲の竜撃はそれなりの成果を生んだ。
「…っ、そうか。あの影、竜王殿の鱗を心臓として動く傀儡であったか」
流れる血が燃え、傷口を焼いて塞ぐ。肩口から脇腹までを斜めに裂いた一撃は最高峰の竜特効。防御も間に合わなかった直撃は一気にティマリアの体力を削ぐ。
「成れよ。そっからが本番だろ」
「怒りも過ぎれば冷えるものだな」
中指を立てたアルの前で、メキメキと女性のシルエットが巨大な炎のドラゴンへと変貌する。
竜種の本気。それを現すに足るだけの面積と空間がここにはある。
円形の大広場を囲う炎の壁はさらに勢いを増し、噴き上がる獄炎は天蓋を削りさらに滝のように流れ落ちてくる。
『畏れ多くも我らが主天をその手で遣う不敬。私の焔で焼き払おう』
「抜かせ。俺らは銀色の
異常なまでの発汗量。勝負は長引けば不利。
咆哮に応じ地面を突き破って伸びる無数の炎杭を飛んで跳ねて転がり避ける。その間に手足へと血文字のルーンを刻み、あらゆる能力を向上させると共に砕けた地面より鍛造。刃を抜き出す。
『我が炎から―――逃げられると思うなよッ!!』
まるで不死鳥のように自身も燃え盛る大炎の竜。
「テメェこそ腰が引けてんだよティマリアァァああああああ!!」
不死であろうと死ぬまで殺す。狂喜の相貌で言外に語る妖魔。
焼き尽くされる空気。既に酸素を必要とする生物が生きられる環境ではなく。
無酸素下における死闘の攻防、この後二百七十秒にて決する。
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