VS 悪意に呑まれた修道女
妖魔アルは同じ状態に陥ったシュライティアを瀕死に追い込むことでようやくその悪意の鍵を破壊することを可能にしたという。
それは純粋に相手が竜種であり、鍵を破壊する為にはまず本体を叩かねばその隙を見出すことが出来なかったという理由が大きい。
だがアルが行った荒療治は今現在も尾を引いている。狂瀾竜デイジーと交戦中の風刃竜は本来の性能の三割程度しか出せていない。治療に回す余裕が無く、またそれだけアルが与えたダメージが大きかったからだ。
それと同じ方法を用いてしまえばクラリッサは無論重傷を負うだろう。竜種ならまだしも、人間を相手にそんなやり方を強行してしまえば最悪死にかねない。
だからこその二人掛かりであり、だからこそのディアンとトランの組み合わせであった。
「ディアンさん!」
人化したトランがディアンの持つ刃に片手を添える。幻妖狐の持つ固有能力のひとつ『夢幻の護法』によりその武装は悪意に対する特効能力を付与された。
「よっしゃ!」
付与を確認し、威勢よくディアンが飛び出す。
叩き合う剣と槌矛。だが威力で押しているのはディアンの方だった。
今現在シスター・クラリッサは悪竜の影響下により洗脳に近い状態となっている。その身体には悪竜の力が流入・滞留している為に悪竜特効が刺さる。
加えて『カミ殺し』の力を持つディアンは神性及び神の加護を受けている者への問答無用の特効優位権がある。女神から直接の信託を受け取ったエレミアほどではないにせよ、深く狂おしいまでの信仰心を持つ修道女たるクラリッサへもこの力はある程度働く。
すなわち聖魔両面による二重の特効。単純な打ち合いであればディアンが負ける道理はどこにもない。
これだけ聞くと圧倒的優勢にも思えるが、クラリッサ自身も負けず劣らずの性能を宿している。
一度上の階層で交戦したディアンだからこそわかるが、彼女の攻撃は一定確立で相手に
さらには狂信故の体質なのか、常人を遥かに超す脳内物質が五感と身体能力を引き上げ、あまつさえ軽傷であれば即座に完治させてしまう。
二重特効で攻め立てていても油断ならない理由がこの二つにはあった。手加減は出来ず、全力で斬り付けるクラリッサの四肢に裂傷が走った。
しかしクラリッサの表情はぴくりとも変わらない。
「あら。痛い痛い…」
「そろそろ目ぇ覚ませ!お前の信じる女神様はこんなやり方望んでねーだろっ」
怒声に合わせて武器を弾いた上から右の脚撃を見舞う。肋骨か内臓を傷つける懸念はあったがこれくらいしなければ止められない。
「ディアン!」
それがまったく余分な思考であったことは、肩に乗ったリートの呼び声で判明した。
「―――あなたが、神の御言葉を知ったように語るのですか」
放った脚撃は素手で押さえ込まれ、信じられない握力で靴ごと足裏を鷲掴みにされている。
二戦目にして想定を超える能力補正。ディアンは彼女の前にもこの世界の女神を厚く信仰する修道女と面識を持っていた。それと同じであるのなら、きっと。
「やっべ…!」
伏目がちだったその両目が完全に開眼した瞬間、地雷を踏んだと確信する。
「異教徒。神の敵。もはや生かしておけん!!」
ぐわんとありえない腕力で掴んだ足ごとディアンを空中に放り投げ、棘付きの鉄槌を横薙ぎに振るう。
「ぐぅあ!!」
片刃剣による防御の上から貫通した衝撃。呼気と共に血が吐き出される。
ホームランバッターよろしく鉄槌を振り抜いて、ディアンの身体が巨大な塔のひとつを半壊させながら沈み込む。
「ディアン次来るよ!」
「わあってるっつの!」
即座に起き上がり回避か防御の判断を下そうとした時、塔を取り囲む無数の光輪が粉塵の中から姿を浮き上がらせた。
(チッ間に合うか!?)
防御態勢を取りつつ片手の人差し指を立てると、魔法を発動させたクラリッサの四周から薄い曲線のようなものが幾筋幾条も現れた。
ディアンが得意とする刻印術を用いた剣技、魔光剣。
それは刀剣にて行われる行為に対し様々なアプローチからの応用を可能とする特殊なものだ。
クラリッサとの戦闘開始から魔力を使い続けていた意味がここにある。片刃剣を振るったその軌跡、斬撃の履歴をここに再現する。
「〝クワルナフ!〟」
「〝魔光剣・
光輪と斬撃の同時爆裂。両名共にその直撃を受けた。
「あ……く、ふ…っ」
フードが吹き飛ばされ、白い法衣が瞬く間に赤く染まるも、クラリッサの膝は屈さなかった。
しかしいくら埒外の脳内物質の分泌があったとて限度はある。斬り傷自体の損傷は治せても全周斬撃による衝撃までは逃がせない。
ここしかなかった。
「やれトラン!!」
魔法の爆撃によって全身を焦がし鼓膜から血を流すディアンが、剣を杖にして立ち上がりながら叫ぶ。
「はいっ!」
戦闘開始から変化能力で透明化していたトランがクラリッサの背後から実体を現し、その背中に小さな両手を押し付ける。
「その悪意、打ち消します!!」
トランの身体は悪竜王の支配を脱したことで悪竜への耐性を有している。これを『夢幻の護法』によって直接クラリッサの体内に打ち込む。
これであれば強引に悪意の鍵を破壊せずとも、内部からこれを崩すことが可能だというのがトランの見解だった。
流し込まれた欲望を解き放つ悪意をウイルスとするならば、これはそれに対する特効薬の意味を持つ。
「は、あっ…?ぁ、あああ、ああああ!!」
悪意と正気との狭間でガクガクと全身を震わせるクラリッサが、自身への異常を与えている存在に対して半ば反射的に鉄槌を振り被った。あと僅かとはいえ、まだ悪意の消去は完遂されていない。たとえその鎚で頭を割られようともトランは両手を離すつもりはなかった。
「いい加減ッ」
鉄槌が勢いを得るより速く、刻印術で無理矢理に速度を得たディアンが修道女の懐へ出現する。
刃を返した峰打ちが腹部に沈み込む。
「悪夢から覚める頃合いだろうが、クラリッサぁぁああ!!」
さらなる魔力を込めて発動する一撃。それは悪夢を斬る刃。トランとは別のプロセスから残る悪意を断ち捨てる。
「―――……かっ…」
前後からの挟撃を受け、弛緩したクラリッサの手からモルゲンシュテルンが落とされる。
そのままぐったりとクラリッサは動かなくなった。
「…ふーっ。ようやくおとなしくなったか」
「だ、だいじょうぶでしょうか。僕、もしかしたらちゃんとやれなかったかも…」
「へーきへーき。ちゃんと生きてるもん、ねーディアン」
死んだように横たわるクラリッサを見て顔を青ざめるトランを安心させるように呼吸と脈の確認を取る。無事に存命していることを確認し、ディアンがクラリッサを担ぎ上げる。
「しっかしまあ、がっつり苦戦しちまったな。魔力あんまり残ってねーぞ」
「
「あれ不味いから飲みたくねえ」
「贅沢いわないの!」
カナリアと平常運転な会話を続けるディアンを見上げ、トランは少しだけ不思議そうな顔をした。
「…でも、よく平気でしたね。あんな魔法を受けたら僕なら死んじゃってます」
「ん?んん……まあ、怒らせて正解だったってことかもな……」
バツが悪そうに頬を掻くディアンの答えになっていない答えにトランは首を傾げる。
相手が自己より強かった場合に条件を満たすディアンのスキル『カミへの反逆者』はあの時確かに発動していた。それが無ければ魔法の直撃でダウンしていただろう。
「とりま、身内は回収できたわけだ。あとは」
「他のみなさんに加勢に行かないと、ですね」
言うは易いがディアンは中々その一歩を踏み出せずにいた。それどころか、クラリッサを抱えたまま片膝をつく。
「ディアンさん!?」
「わり、ちょっと時間くれ。思ったよりダメージ入ってやがる…」
遠く近くから聞こえ響く戦場の音に耳を澄ませながら、ひとまずディアンは戦闘に復帰するに必要な処置をする為のセーフゾーンを探して今一度立ち上がった。
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