VSアスリール


『ベルグリーズ……魔術機?あーよっく分からないわねー』

「なんでもいいさ。とにかく情報が欲しい。やたらめったら硬くて装甲が突破出来ない」

 無人の王城レジェンドに戦場を移し交戦を開始してからというもの、日和はこの敵を前に攻めあぐねていた。

 何せ見たこともない金属で覆われている上に、やたらと速い。そして攻撃の威力は冗談のように高い。

 ここまでの情報を一通り揃えるまでに八分を要し、その間に日和は三撃と高月あやかは五体不満足な目に数度は遭っていた。

 何にせよ直撃は日和であっても不味い。五行の防壁など容易に貫通するだろう。既に『陽向日和』の真名解放は行われているが、それでも弱化には限界がある。

 本来であれば限りなくゼロ値にまで破壊力や硬度を下げることも可能なはずなのだが、これも異世界の技術力による干渉と抵抗によるものらしい。

 そして発覚したもう一つの事実。

「よーしぶっ壊れるまでぶん殴ってやる。いけるか姐御!」

 日和の闘いに好き勝手と横槍を入れるあやかの介入が違反と見なされていない。

 本来の代理者に付き従う友好的な戦力は、使役される『代理者の能力』の一つとしてカウントされている。

 これは対リビングプラネット戦における鷹矢京司との共闘の際にも夕陽が確信していた事であるが、再度こうして日和も認識を改める。

 あと残る理由としては、アスリール自体がもう戦争規定に違反している、というものもあるかもしれない。多少サイズの変化が利こうが、この五十メートルに及ぶであろう姿形が本来のものであるのなら、参加規格としては大きく外れているはずなのだから。

(せめて奴の元いた世界の居所さえ掴めればそれに対応した法則を当て嵌めて真名を通用させることが出来るんだが、まあ無いものねだりはしょうもない)

 今ある手札で勝負するしかない。

 夕陽が現在そうしているように。

「おい魔女」

「あやかちゃん☆って呼んでくれてもいいのよ?」

「ふざけるな貴様から先に殺すぞ」

 言ってる間に巨剣が墜ちる。王城の地盤を真っ二つに引き裂き衝撃波が荒れに荒れる中を、二人は飛び跳ね跳び越え撹乱する。

 歴戦の猛者同士に分かり易い身振り手振りでの連携なぞ必要としない。意図せずとも互いの動きを理解する。してしまう。非常に腹立たしいが。

「〝増幅リロード〟は上限知らずの無限なのだろう。アレを突破するのにどれだけ掛かる?」

「そりゃその気になれば月だってギャグ漫画みたいに壊せるだろうけど、それなりの時間は掛かるぜ?それに撃ち出す肉体が保たないんじゃね」

「ち、あくまで身体は人間のそれか」

 高月あやかは神域に指先を引っ掛けている。が、逆に取ればまだ人間の域ではある。

 魔女の力を有した人間。身に余る力の発揮は器が耐えきれないという理屈はこれまでの経験から嫌というほどよく知っている。

 拳銃で大砲の威力は出せない。よしんば出せたとしても銃身は粉砕、照準も定まったものじゃない上に指向性にも期待出来ないのであれば、いくら巨体であれ狙って当てることすら不可能だ。

「わかった。矛は私が用意してやる。だから貴様は威力を」

 言葉の途中で日和は一度立ち止まり、掌を数十メートル離れたあやかへ向ける。

「ぶわっ」

 あやかの胴体が火炎に弾け真横に吹き飛ぶ。コンマの差で元いた位置に雷撃が通過した。

 蒸発すればリロードスペアの修復はそれだけ遅れる。

 他者を優先した日和を包囲する木火土金水。

 五大属性の魔法が爆裂し王城の残骸ごと灰燼と帰す。

「姐御!」

 壁に減り込んだまま日和を呼ぶも、五つの魔法に取り囲まれ空間すら歪める光の柱に呑み込まれた姿が見えない。

「―――いいから、

「…オーケーッ…リロード、リロードリロードリロードリロード!」

 全方位へ展開される魔法を迎撃しながら逃げ回るあやかのリロードが開始された。

 日和はといえば、光柱をぐるりと囲う円陣を投影し攻性を解除。魔法なる技でこちら側とは全く違う技術形態だったが、世界に連なる自然を汲み上げて構築されるものであれば共通項は多々ある。〝五行反転結界〟による魔法防御は予想通り機能した。

「閃奈」

『装甲は未知の金属、物理もそれ以外にも耐性を持った厄介な代物ね。剣と杖はもう知っての通りだけど、あの目は神眼っていう未来予知装置らしいわ。攻撃軌道と敵意害意を読み取るらしい』

「了解、大方思った通りだ」

 未来予知の敵との戦闘経験もある。ついでに思考を読み取る敵とも。

 別に大した脅威じゃない。動きを読めるのと躱せるのはイコールで繋がるものではないから。

「やれやれ。〝金剛壱式・創生昆〟」

 地面から六角の鉄棒を生成し、片手の内でヒュンヒュンと振り回し馴染ませる。

「本当、闘いというものは馬鹿らしい。お前もそう思わないかいアスリールとかいうの」

 武器を持った日和への対抗意識か、右手の剣を振るう。一度の斬撃で山を斬り落とすほど巨大で豪快な一撃は鉄棒に腹を叩かれて側方に流される。

「ただの力比べなら勝てるんだがね。守護神様は相手の闘い方に合わせた公平なるお心をお持ちかな?」

 意味が無いと知りつつも煽りを入れてみる。弾かれた勢いをそのまま利用して、今度はより重たい振り落とし。

「…守護神なら少しはらしくしろ。何を目的に参戦したんだ貴様は」

 深々と固い大地を抉る剣を駆け上がり、巨体の顎を打ち上げる。

 無傷。

「小さき者の、願いに応じ」

「!」

 背中から伸びる翼が鳴動し、アスリールの姿が消失。

 馬鹿げた推進力で背後を取られた。雷撃が今度こそ巨大で頑丈な王城を全壊させる。

「私は此処へ来た。…万の時を経ても、未だ人とは、小さき者よ」

 五感が追い付かない。純粋な速度もそうだが、魔法は発生から着弾までのラグがあまりに短い。この守護神の扱うものが特別なのか。

 防御に回した左腕から肉の焼ける臭い。不快に顔を顰める。

「その身に余りし、大欲を抱く者。私は、その愚かしさを愛する者。世界の守護者」

「ならとっとと帰れよ目障りだ。こっちは極々小さな幸せを求めて生き長らえてるというのに」

 普通の一軒家で、普通の生活を。降り掛かる火の粉を払いつつ、我が子やその取り巻きと過ごす日々。

 これを大欲と呼ぶのであれば結構。愚かと結論付けるのなら上等。

「どうせ呼ばれた以上は負けるまで続ける魂胆だろう?手伝ってやるから消え失せろ」

 どこの世界でも同じ。人を超えた高次の存在というものは、一貫して面倒臭い。

 もう会話は要らない。疲れるだけだ。

錬鉄たたけ再現たたけ鍛造たたけ。神鉄はこの手に依って常世に現る」

 昆で剣を弾き返し、宙と地を駆け魔法を躱す。

(あの硬度を上回る必要はない。〝増幅〟で上昇し続ける無限に対し一秒でも耐えられる形を成せば、それで)

 並の金剛では駄目だ。五行術では耐え切れない。現代の金属では砕けてしまう。

 神代に届くであろうそれを、かつての記憶から呼び起こす。〝模倣〟で技術を掠め盗る。

 幼少の頃にそれは見た。鍛冶神・天目一箇が打ち、叩いた至高の金属。

 鉄棒を放り投げ地に手を寄せ、喚ぶ。

「〝日緋色金ヒヒイロノカネ〟」

 地中から抽出された神秘が伝説を具現化する。

 そしてこれの加工方法も見た、知った、認識した。

 意識全集中。動きを止めた日和へと雨霰と降り注ぐ魔法を反転結界で打ち消し―――切れずにいくらかを直撃。だが耐える。

「魔女」

「おォッけー!!」

 ズン!!と。

 小さな一声で付近に降り立った、巨大な眼球を背に負う少女。その両腕は溜め込み過ぎた力に今にも破裂寸前だった。

 生成された鉄塊は引き伸ばされ形を変え、日和の身の丈ほどもある大太刀へと変化した。

「行くぞ、合わせろ」

 神器の製作にも用いられたと云われる黄金色の合金は神気を放ち、模造の神刀の銘を付与され輝きを見せる。

「〝日緋色・天叢雲アマノムラクモ〟」

「リロード・バーストショットォ!!!」

 全力の投擲に加え、後方から柄の底を両手で叩いた最大出力のリロードショット。解放と同時に両の腕は肩まで千切れ飛んだが威力の乗算は叶った。

 通過した空間と大気を削り真空を生み出しながら、神代三剣を模した一振りは斜め上方敵の胸部目掛けて飛ぶ。

 何も見えなかった。

 日緋色の光輝は刀というよりかは弓の鏃に近く射出され、それを先読みによってどうにか防御が間に合ったアスリールが持つ杖と剣の交差で止めていた。

 押し負ける、とは考えなかった。

 人造の武具と神造の模倣なら、どちらに分のある勝負かは目に見えている。

 一条の光線となった天叢雲は、やがて杖と剣に罅を入れ、破砕。

 その先にある守護神の胸部装甲を完全に砕いた。




「見事、小さき者よ。見事だ」

 翼による制動を掛けても後方数百メートルを滑走したアスリールは、更地になった王城跡に視線を固定したまま、届かぬ賛美を送る。

 ベル喪失により展開された魔法陣の内側で、まるで成すべきことは成したと云わんばかりに、守護神は抵抗なく連れ去られた。




「はぁ……あれだけやって内部へのダメージはほぼ無しか。流石守護神」

 結局砕けたのは装甲とその内にあったベルだけ。本当なら貫通させて転移前に殺してやろうと考えていた日和にとっては非常に肩を落としたい結果となった。

「まま!まーまー!あのデカブツに一泡吹かせてやったんだからよしとしましょうや姐御!ねっ♪」

「両腕千切れたまんまのスプラッタで可愛い子ぶるな気色悪い」

 しょんぼりと腕の修復を始めるあやかを横目に、日和は手近な瓦礫にゆっくりと腰を下ろした。

「あら、帰んないの?」

 てっきりすぐさま夕陽のもとへ馳せ参じようとすると思っていたのが、やや拍子抜けだった。腕を戻したあやかの問いに、

「戦況は〝千里眼〟でここから視れる。それに…少し疲れたんでね、休んでおくよ」

 ふうと息を吐いた日和の傍らをちょこちょこ動き回っていたあやかに、最終的には背中側に立って手持無沙汰に日和の肩を叩いたり揉んだりし始める。彼女なりに労わり方を探していたのかもしれない。

(駄目だなこれは、弱くなった。…いや)

 現在進行形で、落ち続けている。

 神童と周りが小喧しく持て囃して来た頃が、記憶の中では間違いなく人生最強だった。

 平和にどっぷり浸かり過ぎたせいか。悔いは無いが、死期は確実に近づいた。

(……あと、あと何度)

 私は、君を守れるのか。

 声に出さずに心で呟いた想いは、誰にも答えられない。

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