VS リエーリヴァ(前編)
「…………ふうん?」
シュヴァルトヴァルトの最奥部。神秘の隠れ家と呼ばれる奥地にて。
『闇の森の魔女』、大森林発生の元凶ともいえる女性リエーリヴァは肌身に感じる脅威にとんがり帽子のツバを摘まんで顔を上げた。
(大きな気配が二つ。感覚からして竜種。…噂の竜王とやら?それにしてはさほど強そうではないし、帯同している小さな気配は人間のようだけれど)
猛烈な速度で森の中を突っ切っているものの正体を吟味してみるが、いまひとつ掴めない。
この森にも竜はいる。あの厄介極まりない自称森の母は自身と、また別の魔女の二人の動きすら牽制し大森林を実質的に掌握している存在だ。逆にとれば、あの竜がいることでシュヴァルトヴァルトの勢力図はギリギリのところで均衡を保っているということでもある。
(何にせよ方角は迷いなくこちら側。ならば撃ち落とすしかないよね。…でも、その前に)
利き手に握る短い
「誰だ?ハエみたいにぶんぶんと飛び回る虫けらは!」
瞬く間に周囲の森林内を満たすは呪いの鱗粉。少しでも触れれば、吸い込めば、たちどころに心身に異常をきたす即効性の毒。
少し前から気にはなっていた。とても小さくすばしっこく動き回る気配が魔女の周辺を飛び回っていた。
脅威としてはなんてことはない。だが視界の端にいる蚊程度には鬱陶しさを感じていた。
あまりにも気配も姿も小さすぎて逆に位置を捉えられなかったが、それならそれで、どこにいても有効な手を打てばいいだけの話。
これほどか弱い気配の持ち主であれば、呪いの鱗粉だけで充分に駆除は可能だ。
「……。…?」
たっぷり一分ほど待って、違和感に眉を寄せる。
まだいる。まだ死んでいない。
この死毒の粉が満ちる空間内で。あんなに弱い気配しか放てない生物が。
「おかしい、おかしいな。わたしの毒で何故死なない?おかしいこんなのは妙だなんだ何が起きているこんな矮小な存在に手間を取らされている暇はないというのになんなんだお前は」
普段から陰鬱そうな表情をさらに暗く淀ませ、親指の爪を噛みながらうまく運ばない状況にぶつぶつと独り言を呟き始める。
―――ここだ、と。彼女は決心した。
「っんん!?」
鬱蒼と茂る樹木にほとんど陽光が遮られる神秘の隠れ家で、なけなしの光が僅かに金属の切っ先の照り返しをリエーリヴァの網膜に示した。
目を瞠る速度で飛び込んできたそれを、リエーリヴァは反射的に腕で受け止めた。直後にチクリとした痛みを感じる。
「―――ぃよぉーしっ!」
「この程度で何を粋がってるんだ小蠅がぁ!」
腕に纏わりつくそれを振り払い、タクトを振って魔法の爆炎を放つ。が、いかんせん対象が小さすぎる。爆炎はすぐさま離れた小さな影には掠りもせず森の一角を焼くだけだった。
一瞬だけだが、その正体は確かに見た。
「妖精か。何をトチ狂ってこの魔女に歯向かおうとしてるのか知らないけど、この鱗粉が舞い満ちる森の中で安楽死が出来るとは思うな!」
「ふんだ。そんなの効かないもん。魔女は
再び草木に紛れ姿を隠したらしき妖精の幼い声だけが反抗的に応じる。
小さな妖精は予備の針を腰から抜く。メインで使っていた針は、今現在魔女の腕に突き刺さったままだった。
ありったけを凝縮して込めた針だ。いくら魔女といえど無事とはいくまい。
―――きっと、あの少年は追ってくるだろう。勝手に抜け出した自分を案じて、また自分のことなど顧みずに来てしまうのだろう。
だからその前に終わらせる。彼にこれ以上の負担は掛けさせない。
「…………えへ」
草木の中で妖精は小さく笑う。明らかな劣勢の中で、たったひとりきりで挑まねばならない状況で。手足は恐怖で震えているのに、どうしてか高揚する気分は収められない。
不思議な気分だった。誰かの為に動くことが、こんなにも心地よいものだとは。自分以外の為に闘うことがこんなにも誇らしいとは。
あの花畑にいたままでは決して感じ得ることはなかっただろう感覚。
ああ、きっと。
あの少年もこんな気持ちで死線を潜り抜けてきたのだ。
そう思うと、まるで彼がすぐ傍にいてくれているかのような心強さがある。
彼と常に同化し闘っていた座敷童子を羨んでいた心情も今は無い。
同じ志でいる限り、この意思は彼と共にある。同化を、〝憑依〟を必要とせずとも彼は此処に居る。
さあ征こう。
「いくよ、魔女。いまさらあやまったって、おそいんだから」
妖精レディ・ロマンティカは針を構えて森の何処かからそう意気を高めた。
『メモ(Information)』
・『妖精レディ・ロマンティカ』、『エリア3-3:神秘の隠れ家』に現着。
・『妖精レディ・ロマンティカ』、『魔女リエーリヴァ』と交戦。
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