VS リエーリヴァ(中編)


 おかしい。

 確かにロマンティカの針は魔女の腕に突き刺さった。その際に、魔女が放った鱗粉を吸収して練り上げた呪いの毒を逆に流し込んでやった。

 薄く漂う鱗粉を凝縮させた毒針の一撃。『完全者』相手ではほぼ通じなかったが、相手は魔女とはいえど人の域にあるもの。効かないわけがなかった。

 だというのに。

「ほらほらどうしたぁ!威勢が良いのは初めだけだったなあ!?」

 タクトを指揮者のように上下左右に振るうのに合わせ、雷撃や火球が生み出され飛び回る。必死に樹木を盾にして避け続けるロマンティカの疑問は晴れない。

「なんっ、で!毒がきかないのー!」

「ああん、毒ぅ?……ああなるほど、そういうこと」

 馬鹿正直に叫ぶと、魔女リエーリヴァは何かを理解したのかニィと気怠げな笑みを見せた。腕に刺さったままの針を抜いて、その先端から流れる毒液を舐めとる。

「阿呆が。毒を扱う者が、その抗体を持っていないわけがないでしょうに。ただでさえ風の影響を受けやすい鱗粉として呪毒を撒いているんだ。自分で吸い込んだって問題ないよう殊更に対策はしているとも」

「…!」

 ロマンティカは体質的に特殊だ。主食たる花粉であれば、それがたとえ強い毒性を持っていても平気で摂取できる。だから毒に抗する対策を練る必要性がそもそも無かった。

 抗体という概念を知らなかったロマンティカにとってこの事実は衝撃的だった。思わず高速飛行していた動きを止めてしまう程度には。

「そこか!」

 対象を捕捉したリエーリヴァの姿が歪む。ぶかぶかの魔女衣装が変化し、黒くぬめった体表をした大蛇へと変貌し、その身体をしならせて大きく振るった。

「わぁっ!」

 太い樹木を粉々にへし折るほどの打撃。間一髪回避に成功したが、木々の破片と衝撃に押され小さな体躯が流される。

「ぷっ!」

 妖精が態勢を立て直すより早く、大蛇の口から吐き出された蜘蛛の糸が広がり、ロマンティカの体を背後の樹に叩きつけた。

 凄まじい強度と粘性を誇る蜘蛛の糸に、小柄な妖精の膂力では抗えない。幹に押さえ付けられた状態のロマンティカを見下ろし、大蛇が器用に笑う。

「えへへ~、いいね~そのこの世の終わりみたいな、顔!ねぇねぇ、今どんな気持ち?ねえどんな気持ち¿」

 厭らしく感情を揺さぶるように大蛇は身をくねらせながらロマンティカが捕らえられている樹木の周りをシュルシュルと這い回る。

「…さいてー。エルフもきらいだけど、あなたはもっときらい!」

「エルフ?はぁーん、そゆことね。連中にわたしの始末を頼まれたか。くっ、…あっはは!こーんなにちっぽけな妖精にお願いするなんて、エルフは頭だけは良いと思ってたのに大間違いだったか!」

 細く長い舌を伸ばして大笑いし、大蛇はその体躯を縮めていく。やがてその姿は元のだぼついた服装の魔女に戻る。

「ま、いいや。やること出来ちゃったし終わりにしよう。いい加減、森竜や種撒きの小娘なんぞにかかずらっているのも面倒になってきたところだったしね。ちょうど狙撃手スナイパーのダークエルフもいなくなったみたいだし。攻勢に出るにはいい機会」

 誰にともなくしゃべり続ける間、リエーリヴァの周囲からは鋭利に研ぎ澄まされた無数の針が出現する。

 それらの切っ先は全てロマンティカに向けられていた。

「手足、胴、それから首。何発撃ち込んだら死ぬかな?」

「…………―――ごめんね」

 小さく呟いた声は魔女には届かない。一斉に射出された針がロマンティカに殺到する。

 そうして、


「謝るなよティカ。お前の勝ちだ」


 その小さな声を聞き届けた少年の刃が閃く。

「新手、か。面倒ねえ」

 とんがり帽子の上から頭を掻くリエーリヴァに、針を全て打ち払った夕陽が相対する。

「ユー。ごめんね。ティカじゃだめだった…」

「だから謝るな。あと無理するな。俺達で始めた喧嘩だぞ」

 視線を魔女に注いだまま、後ろ手に刀でロマンティカの身を縛る蜘蛛の巣を斬り落とす。羽根を動かして隣に並ぶロマンティカに大きな傷がないことを横目で一瞬確認し、すぐさま敵へと視線を戻した。

 ひとまずは安心する。伝えたい言葉は、この魔女を降したあとで。

「だから俺達で勝つ。お前だけじゃなく、俺だけでもなく。俺達で、勝つんだ」

「うん……うんっ!」

 ようやくいつも通りの元気を取り戻したロマンティカに少しだけ口元で笑みを作る。




     ーーーーー


「やはりこちらは外れですか」

「んー。ユーヒが間に合ったならこっちはむしろ当たりかも?」


 白い霧に視界が制限される中で、雷竜と真銀竜は妖精の姿が見当たらないことに感想を漏らした。

 大森林最深部に到達してすぐ、夕陽は戦闘音のする方へ走り出した。事前に打ち合わせた通り、ヴェリテとエヴレナはそっちではない方、すなわち存在するもう一人の魔女がいるとされる方向へ向かっていた。


「…当たりだの外れだのと、なんの話かわかりませんが」


 霧の中から女性の声。反響し正確な位置は掴めないその声は、やや憤りを孕んでいるように聞こえた。

「私の領域に無断で踏み込んだのです。苗床にされる覚悟はおありでしょうね?」

「いいえ?そちらこそ、竜に喰い殺される覚悟は決まっているのですかね」

「ヴェリテ言い方が物騒だよ…。あ、あとなんか体がビリビリしない?この霧もしかしてちょっとやばくない…?」

 妙な異常に体をぎこちなく動かすエヴレナの隣で、涼しい顔で稲光と共に戦槌を取り出したヴェリテの瞳が獰猛に細められた。


「…あなた達に、この『種』をプレゼントしましょう。大切に育ててくださいね」

 相変わらず位置が割り出せない声と共に、視界を覆う白い光が瞬く。

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