VS リエーリヴァ(後編)


「ユー!このへん毒が舞ってるから!」

「呼吸したらアウトか…痛っ」


 〝憑依〟で強化された心肺機能をもってしても戦闘下で呼吸を止め続けるのは限界がある。やれて数分程度か、そう考えていた俺の右肩に鋭い痛みが走る。

 顔を向ければティカが爪楊枝のような小さな針を俺に突き刺していた。

「ティカが毒がきかなくなる鱗粉をつくるから!ユーはそのまま息してていいよ!」

「マジで万能すぎんなお前は…っ」

 主食とする花粉を体内に取り込んだ上でその成分を抽出した鱗粉を作り出すのがティカの能力。また放出するだけでなく針を通して直接対象に効能を浸透させることすらも可能とすることは既に身をもって体験済みだ。

「行くぞティカ、幸っ!」

「うん!」

〝…!〟

 毒を無効化しつつ〝憑依〟の深度を上げていく。森の木々を蹴り移動する俺を追随する攻撃魔法の数々が瞬く間に大樹を粉砕していった。

「くぅ、…ぉおお!」

 針を刺したまま肩にしがみつくティカを庇いつつ魔法の間隙を縫って突撃。横薙ぎに振るう神刀の軌跡が魔女の胴を捉える。

 仕留めた。

「馬ぁ鹿め!」

「!!」

 間違いなく上下泣き別れにするはずだった刀の一撃はしかし空振りに終わる。というよりも、魔女の身体が

「ユーこれさっきもやってた!変身する術!」

「なんでもありだなクソっ!」

 粘性のある液状生物に変化した魔女が斬撃を受ける前にずるりと胴にあたる部分から自切してすぐさま結合、また人間の姿へと戻る。

「そーもそも、なんであんた達はエルフなんぞに従ってるわけかな?わたし、基本的に攻められない限りは攻めないタチなんだけどなぁ」

「…………エルフ連中は、アンタに酷い目に遭わされたと言ってた。それはエルフの方からアンタにちょっかいを掛けたからか?」

 飛来する大きなサボテンの針を迎撃しながら距離を詰める。

 詳細を聞く前にロドルフォの自爆からティカを追ってここまで来ることになった。実際のところ、俺は魔女がエルフ達に一体どんな冷酷非道な行いをしたのかを知らない。

 あるいは、本当にしたのかすらも。

 だから確かめる必要がある。そんな余裕が無かったとしても問答無用で魔女を討ち果たすのは違うと思ったから。

 魔法の予兆を〝倍加〟させた触覚から感じ取り出始めを潰しながら後退する魔女に問いかける。

「逆なんだよねえ!こっちは森の拡張拡大に心血注いで身骨砕いてるっていうのに連中がわたしに難癖つけて討伐隊を組んできた!だからそれを叩きのめしてやっただけだ!あの長耳共、よっぽどこの大森林を自分達の物として独占したいらしい、いやまあ排他的閉鎖的な引き篭り生活を好む根暗連中からしたらここは絶好の日陰だろうからねえ!!」

 言いながらまた腹が立ってきたのか、言葉の終わりには怒声に変わり魔女はタクトを乱暴に振った。

 全方位を囲う爆炎から低姿勢で抜け出す。背を焼く灼熱に汗を流しながらも両手で刀を握った。がっくがっくと揺さぶられているティカが耳元で話す。

「ちょ、っと、ユー!もし、もしかっしてっ!あの魔女ってもしかしてっ」

「…ああ」

 ティカの言いたいことは分かるが、ここにきて刃を収めるわけにはいかなかった。何より激昂する魔女が止まる様子が無い。

 刀の届く距離まで近づくことに成功すると、今度は魔女の身体が二足歩行の黒い熊のような姿に変わった。長く伸びた爪を俊敏に振るって神刀の刃と鎬を削る。

「魔女リエーリヴァ!」

「なにさ!」

「俺と一緒にエルフの聖域に来い!」

 三手打ち合い、四足の魔獣に変化したリエーリヴァの噛み付きをすんでのところで躱す。

「その言い分を連中に直接言え!真偽がはっきりすれば俺達も敵対する必要が無くなるかもしれない!」

「今更すぎんねぇ!こうして殺し合いまでやってんだ、ケジメもつけずに腰を据えて話せってのは無理があるんじゃないかな!?」

 正直言ってて俺も無理があるとは思っていた。

 リエーリヴァの言葉を全て鵜呑みにするつもりもないが、エルフ達が一方的な被害者であるという線はほぼ消えかかっている。この一件、ティカの言う通り余所から来た俺達が片付けてしまうと遺恨も禍根も残ったまま後味悪く終わってしまう気がしてならない。

 ならまずは、彼女の言う通りケジメとやらをつける必要がある。

「だめだよユー!」

 戦闘が始まってから一度も止めていなかった足を失速させた時、ティカが叫ぶ。

「あの魔女、ティカがなんにもしてないのにこーげきしてきたもん!エルフが悪いのはしょーがなくても、あの魔女ががんばって話しあおうとしなかったのもほんとなんだ!あれだよあれ!てんかじゅーびょーまえ!ってやつ!」

「わかりづれぇボケをかますな戦闘中に!」

 なんの点火が十秒前なんだ。たぶん喧嘩両成敗と言いたいのだろうがおかしな覚え間違いをしやがる。全然違うじゃねえか。

 ただまあティカの言葉も一理ある。片や大森林を広げ維持したい、片や大森林の主導権を握りたい。これだけ見れば森の領土に対する話し合いの必要性は見えても敵対する理由は見つからない。ようは自分の意見を真っ向からぶつけられない陰キャ同士の最悪なすれ違いだ。

 強引にでも話し合いの場に引き摺り込んでツラ突き合わさせるしかない。

「やるぞ幸!離れんなよティカ!」

 両手持ちを解き、空いた片手で印を作る。

 蜘蛛の糸と長大な針を同時に飛ばしてくるのを真正面に見据えながら息を吸う。

「〝天機隠形・擬似開帳〟」

「なにい!?」

 突如として姿を掻き消した敵に動揺するリエーリヴァが周囲に視線を配るが、どこにも姿はおろか気配すら掴めていない様子だ。

「だからっ何だっていうんだ有象無象が!」

 叫ぶリエーリヴァの身体が再びスライムと化す。ここまでの戦闘で俺の攻撃手段を刀による斬撃か徒手しかないと踏んでの対抗策だろう。

 手札を出し惜しんだ甲斐があった。


「っ……ああ!?」


 スライム化したリエーリヴァの足元が蠢き、隆起した大地がその液状体を覆い包む。

 〝憑依〟によって同化したことで幸の存在構成1/3から流入する妖精種の力。五大元素を掌握する属性能力。木火土金水の内の土行。

 扱える威力は低く範囲も極めて狭いが、奇襲としては我ながら及第点と甘々自己採点をしてみる。

 スライムに斬るも殴るも効かないが、液状化した体は土に吸われその構成を困難なものとする。

「まっずい!!?」

 このままでは土に吸収されると危惧したリエーリヴァが慌てて大きな毒虫の姿に変化し土の拘束から強引に直上に飛び上がる。

 八秒経過。篠から借り受けた隠形の術式が切れて俺の姿が可視化される。

 ―――真上に飛んだ毒虫の、さらに頭上で。

「…は…?」

 読み通り地表から離れた魔女の先で刀を大上段に構え、落下速度を上乗せした(刃を返した峰での)一撃を見舞う。

 峰打ちでの打撃による生々しい手応えが、毒虫と化した魔女の身体の何かをゴキリと砕き、振り抜いた勢いそのままに地面に叩きつけられた。

「………ッ。ぐ、かァ…、こんの、くっそ…が…!!」

(しぶとすぎんだろ…!)

 人間の姿に戻った魔女は、うつ伏せのままでまだ意識を保っているようだった。爪を立てて五指を地面に埋めながらも、震える全身を起き上がらせようとしている。俺が空中から自然落下で地面に到達するまでに魔女が態勢を立て直す方が早いか。

「まっかせてー!」

 火球で牽制しようとした俺の肩から、羽根を伸ばしてティカが飛び立つ。小柄を活かした高速移動であっという間に魔女のもとまでたどり着くと、苦痛に歪むその顔面に自身の羽根から舞い散る鱗粉を吹き掛けた。

「…―――…ぅ……」

 たったそれだけで魔女の意識が完全に落ちる。

「…おっけー!毒はきかなかったけど眠りの鱗粉はいけたー」

「でかしたティカ!」

 弱っていたからというのもあるのだろうが、いずれにせよティカの鱗粉によって深い眠りについたリエーリヴァはしばらく目を覚ますことはないだろう。

 なんとか生け捕りにすることには成功した。


「さて、あとは」

 〝憑依〟を解いた幸とティカとでハイタッチを交わしているのを微笑ましい気持ちで眺めながらリエーリヴァの弛緩した体を肩に担ぐ。

「あとは向こうか」

 ヴェリテとエヴレナに任せたもう片方の魔女。

 …………魔女が気の毒でならない。生きていればいいが。




     ーーーーー


「……エヴレナ。貴女、アレが何に見えています?」

「…こ、黒竜王がいるよヴェリテ!?なっなんで!どうしてこんなところに…っ」


 狼狽える隣のエヴレナに、ヴェリテはただ「そうですか」とのみ返す。

 幻術、幻覚の類なのだろうことはわかる。だがその解き方がわからない。

 …このままでは。


「私には、最悪の化物が立っているように見えますよ」


 このままでは、最強の退魔師を相手にしなければならなくなる。

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