VS アーデルハイト(前編)
吹き荒れる烈風。発動する大術式。
幻の日向日和はただ黙々とヴェリテを殺す為の手を打つ。
「くっ…!」
見ればいつの間にやらすぐ隣にいたはずのエヴレナの姿が消失している。いや実際にはいるのだろうが、自身の視覚はもはや頼りにならない。
いよいよ本格的に幻術の類に呑まれ始めていることを意識する。
(我々竜種は肉体面、特に物理において無類の強度を誇りますが、如何せん精神構造や脳内構造はわりと他生物と変わりないのですよね…)
竜化、人化に関わらず竜の一族は凄まじい肉体強度でもってあらゆる攻撃を跳ね除けてきた。しかしながらその内側における耐久性や進化構造については言ってしまえば人間レベルと遜色ない程度である。
神のような上位存在、あるいは『完全者』のように後天的に生物としての改造を施した者でなければ精神を昇華させることは難しい。感情を持ち思考する生物として確立する以上、この問題を突破できるものは数限られる。
つまり精神汚染や幻術などは有効打どころか竜種の弱点たりえるとすら言えるということ。
森を破壊しながら来る猛攻を雷電を纏って高速移動しながら避け続けるが、防戦一方ではいずれ捉えられるだろう。
いつ幻覚に掛かったのかもわからない。そしてどうやったら解けるのかもわからない。
おそらく幻覚の詳細は、『対象がもっとも脅威としている存在』の発現。それに殺されることで現実の死として敵を殺害するのだろう。
「―――チッ」
術式の一つをブレスで相殺させながら、彼女にしてはらしくもない舌打ちを鳴らす。
どうやら雷竜ヴェリテは、知らず深層心理の最奥であの退魔師を恐れていたらしい。どうあっても勝てない脅威として認識していたらしい。目の前に現れた幻覚がそれの証左とし、湧き上がる怒りを解放する。
『武勇』の黄金竜が、随分と舐められたものだ。
雷撃の雨が大森林を粉砕する。そんな規格外の文字通り『雷雨』の中でも退魔師は平然と不可視の防壁を展開しつつこちらへ歩み寄ってくる。
覚悟さえ決まればあとは簡単な話だ。
解き方がわからないのなら、どうあっても解けるしかない状況にしてやればいい。
「易いですね。私を殺すべく現れた貴女を殺せば、幻は意味を成さなくなる」
戦槌を構え、闘志に燃える瞳を見開く。覇気に金色の長髪が逆立ち、伊達の眼鏡がパキリと壊れて地に落ちた。
相手の実力は幻を生み出した自分自身が誰よりも知っている。
初手全開、様子見無し。
耳がおかしくなりそうな雷鳴と轟音を引き連れて、最大雷力のヴェリテが飛び出した。
ーーーーー
(……本当にこんな化物がいるのかしら?)
スキャニングと呼ばれる術式により相手の脳内から記憶を引き出し、その内容から幻覚の霧に掛かった対象の見る心象世界に最大の脅威を投影させる。
結果として対象は現実には仁王立ちしたまま心象世界にて勝ち目のない敵と戦い、思い込みだけで傷を作り、やがて死ぬ。
魔女アーデルハイトの魔術を掛け合わせて生み出す極悪のコンボだった。
そんな彼女だけが覗き見ることが出来る対象の幻覚の中では、この世の終わりのような壮絶な戦闘が行われていた。雷が空を裂き、理解不能な術式が空間を抉る。そんな終末の景観が幻のシュヴァルトヴァルトを燃え盛る荒野へと変えていく。
仕掛けた自身すら戦慄する光景だった。とてもではないが、人が到達できる領域ではない。それに抗う高位竜種という存在もやはり常軌を逸していたが。
やはり真正面から相手しなくてよかったと心の底から安堵し、アーデルハイトは白霧の中から無力化した雷竜へ近づく。
竜種は人化状態ですら硬質な表皮を有しているが、これだけ幻覚に意識を割いている状態であれば弛緩した肉体へも自慢の『種』は通るだろう。
幻の内で死ぬのであればそれでよし。もし、万が一にも幻覚を突破してくることがあっても、『種』さえ仕込んでおけばあとはいつでもこちらで発動させられる。いくら竜種とて内側から食い破られればひとたまりもないはずだ。
幻の中にあるとわかっていても油断はしない。ゆっくりと霧の中から接近し、そろりと魔獣の種を持つ右手を雷竜へと伸ばした。
「さわ…るなぁ!」
そこへ、少女の蹴りが割り込んだ。手首を蹴り上げられたアーデルハイトは驚きのままに後退する。
「何故…幻覚が効いていないのですか?」
「はぁ、はーっ!ちがう、違うな!お前は竜王じゃない!それだけはわかる…!」
何かに抗うように、血が流れるほど強く自身の肩に爪を食い込ませるエヴレナは魔女の言葉に応じない。
アーデルハイトは気付く。
(スキャニングは効いている。彼女には私が
幻覚の霧は無効化されている。だから『真に恐るべきもの』の効果だけが継続して魔女の姿を誤認させているのだ。
魔女アーデルハイトは大森林を拠点としている都合上、その魔術にいくつか植物由来のものが混じっている。幻覚の霧も、その作用を及ぼす毒草から効果を抽出しているものだ。
だから、もしレディ・ロマンティカのように花粉として取り込み草花の悪影響を受けない体質だったり、あるいはそういった干渉を遮断する加護でも持っていれば、この霧は効果を示さない。
無論、そんなことをアーデルハイトが知る由もないが。
「…まあ。それならそれで、悪夢のような地獄を見るだけですけどね。私が恐ろしい竜王に見えているのでしょう?その恐怖の中で、震えながら死ぬといいです」
「負けない。…お前は竜王じゃない!いや、だとしても……わたしは、真銀の使命を全うする!!」
『メモ(Information)』
・『雷竜ヴェリテ』、幻覚内にて『日向日和(?)』と交戦中。
・『真銀竜エヴレナ』、『魔女アーデルハイト』と交戦開始。
・『真銀竜エヴレナ』、白い霧の幻覚を〝森竜の花冠〟の加護にて無効化。
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