VS アーデルハイト(後編)
「私は真に至高の変化使い」
『抗うか?小蠅如きが、この竜王に』
魔女アーデルハイトの言葉は、エヴレナの耳にはまったく違う者の台詞として届いている。その声、通常の竜種であれば聞くだけで力を奪われる竜王の威光。
「不遜にも同じ魔女を自称するあの女の扱う薄気味悪い変化術などより、私の方が数段も上です。あなたでは到底看破出来ないでしょう?」
『平伏せ愚かなる真銀。貴様では私には敵わない。貴様では暗黒に届かない』
アーデルハイトが鞭を振るう。大森林内で特に強靭な植物の蔓を加工して作り出した棘の鞭。エヴレナにはそれが竜王の放つ黒風の破壊に見えていた。
「うぐっ!」
両腕で防御する。ただの鞭打ちのはずであるのに、脳が誤認を続けたままのエヴレナの腕にはありもしない破壊の傷が刻まれていた。
幸いだったのは、鞭から分泌されている毒液の影響を、緑花竜からもらった花冠の加護が打ち消してくれていること。これが無ければ誤認した攻撃に屈するよりも前に体力を削ぎ切られていただろう。
加えて、エヴレナの足元から伸びる植物の蔦が自動で敵の攻撃をいくらか弾いていたのも大きかった。
「恐怖のままに膝を折り、そのまま死んでしまいなさい。苗床にするのは、そのあとからでもいい」
『貴様に竜種の世界を統べられるのか?不可能だ、貴様のような雑魚ではな』
「…………っ」
痛い。怖い。
以前の決戦では暗黒竜は不完全の未覚醒だった。今は(幻覚であり、この世界ではまだ未邂逅であるとはいえ)完全覚醒の竜王エッツェル。
歴代真銀竜がその役目を果たすべく対峙してきた暗黒竜。初代神竜がその身を呈して滅した極大の脅威。
体の震えが止められない。倒すと誓った相手であっても、まだ幼き少女竜では荷が勝つのも事実。
そんなことはとうの前から分かっている。だから今もこうして集めているのだ。
かつての決戦時のように、暗黒を墜とす至高の煌めきを。
万夫不当、不撓不屈の英雄豪傑達を。
唯一つの暗黒を、銀天に散らばる無数の輝きで射貫く為に。
「……本物の竜王なら、きっともっと痛いし、怖い」
痛む腕の傷も、本当であればより酷いはずだ。
「だからこれは偽物だ。お前はただの幻だ」
こんな通過点で立ち止まっている暇は、無い。
最短で倒す。
「はあっ!!」
噴出する白銀がエヴレナの背に集い、竜の翼を具現化させる。
人化状態での竜翼飛翔。その速度はアーデルハイトの鞭では捉えられるものではない。
「ちっ!」
神竜のブレスでは射程が届かない。他に爪と尻尾でしか攻撃方法を持たないエヴレナには遠方から攻撃する術がない。
だがここには、自分以外にも強力な竜がいる。
「無駄ですよ。その雷竜はまだ幻覚の檻に捕らわれたまま。あなたが何をどうしたところで目覚めることはありません!」
意図を察したアーデルハイトの言葉はもちろん届かない。それにエヴレナとて、そんなことは知っていた。
だからこそ選ぶ苦渋の一手。
地表すれすれを飛びながら、光の映らない虚ろな瞳で立ち尽くすヴェリテのもとまで到達し、すれ違い様に触れる。
「ごめんね、ヴェリテ」
できるだけ厭らしく、小さな片手が臀部のやや上、金色の尾の根本からなぞるように。
その逆鱗を逆撫でて、全力で離脱した。
「―――……………………。あ」
バヂリと。虚ろな瞳に電源が入るように火花が散る。
竜種にとって、こと雷竜にとって。
この行為は特別な意味を持つ。そのことを、魔女は知らない。
『お、ォ、オオォオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
「え。これ、は……きゃあああああ!?」
「あと、…………ごめんね、フィオーレ」
これから起きる惨劇を前に、森の母たる竜への申し訳なさも覚えつつ、エヴレナは安全圏までの逃走を図る。
いくら神竜のブレスで暴走状態のヴェリテを落ち着かせる手があるとはいえ、やはりこれは苦渋の悪手であるのは間違いなかった。
下手を打てば魔女を殺してしまうし、またしても森を大破壊してしまうし、なにより同胞を無意識化で利用してしまうのは心苦しかった。
凄まじく太い雷の柱が幾本も立ち昇っていく光景を瞳に映して、暴走の影響範囲外まで離脱したエヴレナは静かに両手を合わせて頭を垂れたのだった。
『メモ(Information)』
・『雷竜ヴェリテ』、逆鱗暴走発動。
・二百四十三秒の暴走の後、『真銀竜エヴレナ』のブレスにより鎮圧。
・『魔女アーデルハイト』、雷竜の暴走により負傷、気絶。
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