『話し合い』の仲介人


「えっらい派手にやってたな……」

「すごかったね!カミナリがバリバリーって!」

「ええ。主にエヴレナのせいですが」

「ごめんって~機嫌直してよヴェリテー」


 数分程度ではあるが森にけたたましい轟雷が鳴り響き、それから少しして魔女らしき女性を担いだヴェリテとエヴレナを見つけ合流と相成った。

 頭にでかいタンコブを作って涙目になっていたエヴレナから話を聞くに、どうやら幻術使いの魔女を倒す為にヴェリテの逆鱗に触れて意図的に暴走を引き起こしたのだとか。合流してからずっとヴェリテが不機嫌なのはそれが原因らしい。

 俺も一度暴走状態のヴェリテを目の当たりにしたことがあるけれど、確かにあれは恐ろしい。戦場であれを意図して利用したエヴレナの気が知れないが、竜種と人間とでは視点が違うのだろうか。あの時は死ぬかと思ったものだが。

「なんにせよ、魔女二人は無事無力化したってことで。お疲れ様。ありがとな皆、俺の我儘に付き合ってもらって」

 改めて四名に頭を下げる。それから、頭の上に乗っかったままのティカにも。

「それとティカも。ありがとう」

「んー?お礼ならいま…」

「いや、それじゃなくてな」

 きょとんとした表情で頭から降りてくるティカに目を合わせる。

「お前、俺の為に怒ってくれただろ。あのエルフ達にいいように言われて、黙りっぱなしだった俺の代わりにさ」

 彼ら全てが悪いとは思わない。彼らとて必死だった。憂う想いは俺達とそう大差ない。

 だけどそれで何もかもを押し付けて投げっぱなしにしていい理由にはならない。自立して自発的に動こうとしなかったエルフの怠慢は確かにある。俺はそれをあの場で言えなかった。

 それを代弁して、気持ちを吐露してくれたのはティカだ。この子の無邪気さ、真正直さがそれを成した。

「嬉しかったよ。だからありがとう」

「……ユーは、言わなすぎ!やなことはちゃんといやって言わないと、なんでもかんでも任されちゃうんだから!」

「別に嫌というわけではなかったんだけどな」

 ただ、全てをこなすには時間も余裕も残されていなかったというだけで。

 ティカは人差し指を立てて、俺の眼前に向ける。

「またなにかやらされそうになったら、ちゃんというんだよ?ユーはすぐ無茶なことしようとするから、ティカはとっても心配!」

「お、今のなんかお姉さんっぽかったぞティカ。大人の女に近づいたな」

「ティカはとっくのずぅーっと前から大人の女なの!!」

 ようやくいつもの調子で話せるようになって密かに安堵する。初めに会った時は、こんなに無茶なことをする妖精だとは思わなかった。まさか単身で魔女に挑むとは。心配だったのはこちらの方だというのに。

「…………」

「ん、どうした?幸」

 唯一互いの心中を言葉無しで理解し合える幸の視線を感じて見ると、幸はなんだか苦笑と呆れが混ざり合ったような表情で見上げてきた。言語化すれば『お互いさまだと思う』という心情が伝わる。

「なんでだよ。俺はティカほど無理無茶はしてないぞ」

「……」

 もう一度なんとも言えないもにょっとした表情を浮かべて、幸は腰にしがみついてきた。勝手に先へ行かないようにリードを掴まれた犬のような気分になる。

「それはそうと、夕陽」

「ああ」

 竜化したヴェリテの背に意識を失ったままの魔女二人とエヴレナ含む全員が乗って飛び上がる。向かうはエルフの聖域。

『この後は魔女とエルフを引き合わせて話し合わせるのですよね。大森林での今後について』

「そのつもりだ。お互い拗れに拗れてるから話もスムーズにはいかないだろうけど」

『では円滑な話し合いの為には仲介人が必要でしょう。ですよね?』

「……?あ、ああ。俺もそう思うよ」

『よければその役目、私に任せて頂けませんか』

 飛翔しながら声だけを向けるヴェリテには何かこう、有無を言わさぬ圧のようなものが感じられた。そんな面倒な役目を率先してやりたがるヤツだとは知らなかった。

「俺としては助かるが、いいのか?結構しんどい立場だぞ」

『ええ。お任せを』

「「うっわぁ……」」

「…………っ」

 後ろの方で絶句して青ざめるエヴレナとティカの声が重なる。胡坐の内にいる幸も絶句を隠せずにいた。

 そんなにおかしな会話をしていただろうか。

『ではエルフの住処に着いたならば、夕陽達は外で休んでいてください。狙撃手との一戦から立て続けでしたし、疲れているでしょう。私は魔女二人を持ってエルフ達のもとへと向かいます』

 自分の背で奇妙な空気が漂っていることも気にせず、妙に淡々と話を進めたがるヴェリテがそう締めて、空中での会話は終了した。





     ーーーーー


「一体なんだ!!?」

 突如として木製の両扉が勢いよく解き放たれ、外から気絶したエルフ数人が宙を舞って会議室として使われている大広間の中へ転がり込んでくる。

 夕陽達が帰還した旨を事前に受けていたエルフの重鎮達は話し合いの席を設ける為、既に全員が会議室内へと集っている。その皆々がいきなりの事態に声を荒げてざわついた。


「静かに」


 静かに、しかし確実な威圧感を含む一言に混乱は一瞬で収められる。

 乱暴に降ろされた魔女二人から呻き声が漏れる。じきに目を覚ますだろう。


「日向夕陽は約諾を果たしました。貴方がたの無理難題、手前勝手な振る舞いに義を以て事を成しました。ならば次はそちらの番でしょう」


 敵意持つ者、立ち上がらんと腰を浮かせた者。一部のその者達が大気を迸る雷気に当てられて気を失う。わかりやすい雷撃で攻撃を受けるよりも恐ろしい牽制だった。


「さあ。冷静に。穏便に。平和的に」


 具現させた戦槌を、まるで裁判長の持つ木槌ガベルのように地面に叩きつけて。


「『話し合い』を、始めましょうか」


 恐怖に支配された、厳格なる開会を、告げる。

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