VS マギア・ロックダウン(前編)


 アルの四方は不可視の壁に遮られ身動きの取れない状況。だからアルは足元の地面を生成した剣で粉砕し、地中を潜った。

 案の定、不可視の障害は地面にまでは作用しておらず、土まみれになりながらも十メートルほど地中を掘って真横に進んだアルが歯を剥いて地上へ飛び出す。

「モグラかあんた!?」

「いやァ、出来損ないの妖精崩れさ」

 驚愕するロックダウンは車椅子からジェットを噴射しながら全力で後退し、昏く淀んだ瞳を笑みで細めるアルは全力で一直線に追う。

「…っオーケー嫌がらせのつもりだったが化物退治に変更だい。へい行くぜシッティ!!」

「チッ…〝健脚を、風を切り荒ぶる蹄をラドア・ウル・ケンスズ〟」

 こちらを向いたまま少女は車椅子の両サイドからガコンと飛び出た機関銃を指向する。すかさず親指を噛み切って腿に血文字を三つ描いた。

 北欧の神秘、ルーン術式による速力・脚力強化。使いたくはなかったが、今は己の矜持よりも遥かに大事な白埜むすめの捜索中だ。一刻たりとて無駄には出来ない。

 大地が爆散し、妖魔の動きが弾速を上回る。

「にゃろ!」

 複数のセンサーを併用駆使し、ロックダウンは背後に回ったアルへミサイルを三発射出。

「馬鹿がんなモン…、っ!?」

 回避した上で懐に潜り込む。一度制動を掛け最短コースで駆け抜けることを選んだアルの顔が歪む。

 何かにぶつかった。ロックダウンへと向かう直線上の、今まさに真正面。顔面から壁に衝突した感触を得る。

(またコレか!)

 すぐさま片足を地面に叩きつける。バネ仕掛けのように地表から形を作りながら飛び出した両刃剣を空中で掴み取り、正面の何もない(かに見える)空間に大上段から振り落とす。

 空振り。一切の手応え無し。

「やーいバーカっ☆」

 座したまま中指を立てるロックダウンに罵倒をそのまま返され、アルの姿が着弾したミサイルの爆炎と噴煙に呑み込まれ消える。


「いっえーいナイスシッティ~!」

 車椅子後部からにょきっと飛び出た多節のロボットアームとハイタッチを交わし、ロックダウンが勝利に高嗤う。

「いやー最高だったね、最後のあの顔ったらさ。アッハッハ!よし、そいじゃ次は上に登っていった少年君の邪魔しに行こっか。なんかあの二人、探し物に一生懸命だったみたいだし、きっと困るぞぉ~?」

 けたけたと少女らしい無邪気な笑い方で、次なる妨害いたずらに向かうべく車椅子を山岳の高地へ向ける。


「〝応追魔剣フラガラッハ〟」


「え」

 背中を向けていた黒煙の内から、矢のように真っ直ぐ正確に飛来する剣。引っ込みかけていたロボットアームが、すんでのところであわや天然パーマの後頭部に突き刺さる寸前だった剣の軌道に割り込む。

「シッティ!」

 アームが粉々の部品となって散らばり、車椅子が悲鳴のような低い振動を響かせる。

「おいガキ、あとで相手してやっから出直せ!」

 頬を伝う血を手の甲で拭いながら、褐色の妖魔が煙の奥から姿を現す。

 急いでいるというのに。子供の相手をしている場合ではないというのに。

 ニィ、と。焦っているとは思えないほど純真な笑みが止まらない。

 だから駄目だったのだ。やはりまともに相手するべきではなかった。

 だって。

「そのガラクタァ!もっとゆっくりスクラップにしてェからよォ!!」

 こんなに面白い小娘とマシンとの闘い、一切の懸念なく行いたかったのだから。




     ーーーーー


 随分と登って来た。

 途中、翼の生えたこの地の住民らしき者とも数名会ったが、その誰もが黒髪や銀髪の少女など見ていないと口を揃える。

(ここじゃない…のか?いいや違う、確かに幸の気配はここにある)

 より厳密には、麓の段階でその上層にいるのは確かだったのだ。だから山を登り続けていれば、いずれ見つけられると踏んでいた。

 既に高度は雲海と同じ位置まで来ている。そこかしこに美しい花畑が広がっていて、雲海の所々から顔を出す山の頂がまるで小島のように見える。

 一見して平和な山だが、ここに至るまでにも野蛮な翼人とも遭遇したし、今とて空を見上げれば宙を翔ける魔獣の姿も散見された。

 さらに遠方まで目を向けてみれば、巨大な戦艦と戦艦が互いに砲撃を叩きつけ合っていた。〝倍加〟を巡らせた視力にはこれまた空を舞う飛竜や巨大なロボットの姿も確認できる。

 まさか、と夕陽の胸にある仮説が浮かんだ。

 上にいる、とは確信していた。山岳地帯なのだから当然登った先にいると踏んだ。

 だがそうではないとしたら。山頂ではなく、それよりもさらに高い位置。

(まさか、そこにいるのか。幸…?)

 心中で問いかけるも、常に傍で寄り添っていた童女の首肯は得られない。

 しかしこの付近にもいないとなれば賭けるしかない。問題はどうやってあれに接触するか、だが。

「…。っ!」

 しばし二隻の戦艦が戦闘している様子を眺めながら考え込んでいたが、ふと身に迫る小さな影を見つけ反射的に鞘に納められた神刀を薙ぐ。

「ひゃあ!」

 可愛らしい声を上げて、その小さな影は刀をギリギリ旋回して躱した。


「ちょ、ちょっとお!なにするの!レディーに手を上げるなんてさいてー!」

「…………ん?」


 素早く夕陽の眼前に回って鼻先を人差し指でつつく小人に、夕陽はたった今まで考えていたことすら忘れて呆気に取られた。

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