山岳地帯と天才少女
「俺はアル。妖精だったが今は悪魔に寄ってる半端なヤツだ」
「そんなことあるのか…?まあいいや、俺は日向夕陽。知ってると思うけど異能力者の人間だよ」
共にアクエリアスから西進しつつ、駆け足のついでに互いの自己紹介を軽く済ませる。男はアルという、妖精種にして魔性種に堕ちかけた人外だという。
どうも俺の住んでいる世界と同じ単語や種族が出てくる辺り、もしかしたら出身世界は同じなのかもしれない。出会ったことがないだけで。
その証拠に、アルは俺の名前を聞いて僅かに目を眇めた。
「……ひなた?お前、もしかして特異家系の人間か」
「特異?…なんだって?」
こちらの方こそ眉をしかめる。何の話をしている?
しばし考えていたアルが、さらに質問を重ねる。
「お前の親はなんて名前だ?」
「…日向、日和だけど」
実際は血の繋がりのない相手ではあるが、親と思って慕っていることは間違いないので無駄に言葉を継ぐことはしなかった。
「日向日和だと?あの女、ガキがいたのか」
「は?知ってんのか、日和さんのこと」
「俺の知ってる陽向日和なら、それこそガキの頃から化物みてェな強さを誇っていたが、どうだろな?」
間違いない。それは日向日和その人で間違いない。
というかやっぱりあの人って子供の時から強かったのか。どんな人生送ったらあそこまでの強さを幼少期から得られるというのだろう。
「あの女の子供にしちゃあ、あまりにもなんだ。普通だな」
改めてまじまじと俺のことを眺めるアルの言いたいことはわかる。実子ではないし、あの人の足元にも及ばないことは強く自覚しているつもりだ。
「まァ、それはいい。それよりもだ」
会話している間にも既に山岳地帯に差し掛かってる。上限五十倍しか使えない〝倍加〟でも、常人の足よりは遥かに速く隣のエリアまで来れた。
いくつかの崖と山道を駆け上がったところで、突如アルが立ち止まる。
「はあ、はぁっ…。どうした?」
「いや。……少し待て」
近場の岩山に乗っかり、片膝をついてアルが真下の地面に手を触れる。
「おい」
「いいから黙ってろ」
何をしているのか、説明を求めて声を掛けるも無碍にあしらわれる。
「武装以外は精度落ちっから…集中力がいんだよ」
小さく呟いて、ゆっくりと目を閉じて意識を研ぎ澄ませていく。
地につけた手から火花のようなものが散り、それが手の内で形を捏ねていく。
そうして、目を見開いたアルが一挙にその手を引き抜くと、そこにはひとつの杖のようなものが握られていた。
「あー、まあまあ、この程度か。ほれ」
アルの持つ能力なのか、制作した杖を俺に放り投げる。金属製でありシンプルな錫杖のような形状。上端から下端までを二匹の蛇が螺旋交差しながら這っている造形が施されている。
「医療・医術の方面ではそれなりに象徴的なシンボル。同じ世界の人間なら聞けばわかるんじゃねえか。それはその原型を模した、ギリシア神話由来の名医が所有していた杖の
どうやらアルは妖精種が本来持っている五大属性の掌握能力から金行に特化した性能を有しているらしい。そして、金属を加工して作り上げた武装に能力を付随させる
「〝
確かに、握っているだけでいくらか体が軽くなったような気がする。治りきっていない傷の痛みも和らいだ。そしてもっとも大きくこの杖の恩恵を感じることができるのは、
「いくら異能力者とはいえ体は人間だ。そいつがあれば気圧の変化も空気の薄さもさほど気にならんだろ」
にやりと笑って俺の懸念を拭ってみせた、この男は山岳地帯に入った時点から俺の変化に気付いていたらしい。それほど目に見えて不調を表していたつもりはなかったが、たいした観察力だ。
「悪いな、わざわざ。ありがたく借りるよ」
神刀の黒鞘に巻かれていた編紐を解き、杖を一緒くたに結び付けて刀と共に腰に括りつける。
「んじゃ夕陽、先行ってろ」
手を振って山の先を示すアルに、俺は首を傾げた。
「俺はこっちでやることがある。お前はこの山上って俺らの探し人がいるか確かめてきてこい。待ってっから」
「……?わかった」
よくはわからないが、杖を造ってもらった借りもある。その程度のお使いなら苦にもならない。
岩山から一歩も動かないで仁王立ちするアルを置いて、俺は再び山を駆け上がっていく。
「で?なんだこの地味な妨害行為は」
視認不可能な見えない壁。杖を夕陽に渡した直後からアルの四方は何かに遮られ動けなくなっていた。
ギロリと睨みを利かせる相手は山の麓の方からゆっくりとやって来た。
「ははは、嫌がらせはこうじゃなきゃね」
カラカラと四つのタイヤを転がして、意地の悪い笑い声と共に白衣の女が分厚い眼鏡越しにアルを見上げる。
「先を急ぐ俺達に、こりゃ一体なんのつもりだ」
「意味なんてないよ。そうやって怒ったり困ったりしてる顔を見るのが、とびっきり好きなだけさあ」
ドクロ柄の黒マスクの下でくっくっと笑う女を見下ろし、アルは深く溜息を吐く。
「オイ、クソガキ」
「うん?」
身動きは取れずとも、足は地面についている。
そして、アルの能力は手でなくとも体のどこから触れていれば発動できる。
女子供であれど妖魔は斬ることを躊躇わない。だが今ならまだ、悪戯で済ませてやれる。
だからこれは警告だ。
「さっさとゴメンナサイしねェーと。死ぬぞ」
アルと車椅子少女との間に、地面を突き破って巨大な刃が突き出でた。
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