【人竜生存再臨決戦】編

深き夜の顕現


 『代表委員会コミッショナル』十二席がひとつに座すブラックハウンド・ヘンシェルが地上に現れたデッドロック・ヒロイックと交戦したのが日を跨いだ丑三つ時のこと。そこからネガの暴走と悪竜王の使い魔がセントラル内部に溢れ返ったのが早朝のことである。

 セントラルへ到着した夕陽一行が大聖堂での戦闘の後に地下へ潜りたっぷり二時間が経過した現在とて、未だ太陽は沖天にも届いていない。つまり正午前。

 半日の間にこれだけのことが起きて、そして終わった。


「やあ。なんとか共に生き長らえたな日向日和。君の子供が頑張ったようだ」


 セントラル行政区の機関が詰め込まれた巨大建造物の屋上で、元々白い肌がさらに蒼白に近づいたように見えるやや疲弊の色があるモンセーが、車椅子の背もたれに体を預けながらその背中へ語り掛ける。


「君の被害も尋常ではない。今すぐ手すきの医者を呼んでこよう。それとも、あの小さき妖精が地上へ戻るのを待つかい?」

「モンセー・ライプニッツ」


 術式遅延の妨害が起こした反動によって全身の血管が破裂し血塗れとなった日向日和は最初の位置から一歩も動かず血の滴る左手を音もなく持ち上げる。

 彼女の掌が真上に昇りつつある太陽を覆い光を遮る。

 途端、真昼が消え、夜が訪れた。


「…これは!」

「この世界を守るべく動く、全ての戦力をここへ集めろ」


 同じように空を仰いだモンセーがぶわりと嫌な汗を滲ませる。

 厳密には唐突に昼夜が逆転したわけではない。端的に言えば太陽が消え失せた。

 いやこれも正確ではなかった。

 つまり、太陽の光を地上から完全に遮断するほどの超巨大な浮遊物体が、いきなりセントラル上空に出現した。

 もっと。全てをより事細かに認識している者に言わせれば、こうだ。


光学迷彩ステルス。…急げライプニッツ。世界の破滅はもう秒読みだ」




     ーーーーー


 暴食の祖竜テラストギアラ。

 かの竜はかつて太古の世界で星の資源を喰い尽くさんとする手前まで己が食欲を膨張させ続けた。

 逃げるのがうまい生物を捉える為に、本来竜種が持ち得ない巨躯を隠し通す光学迷彩も習得した。

 たくさん沢山食べたい祖竜は、やがて自身の牙すらも食欲のままに自立稼働する仕組みを造り出し、『歯兵竜牙』と呼ばれたそれらは陸海空全てに存在する万物を砕き抉り千切り主の口腔へと運ぶ、としてその食事作業を拡張していった。

 障害となるモノは全て殺し、壊し、餌とする。

 その為に『歯兵竜牙』にはテラストギアラの食欲に連動した強化が付与されている。これまでは、蘇生させた竜王の手によって抑制・抑圧されていたものにして、今は完全に解除された力。

 より多くを喰らう為に口中に生やした不揃いにもほどがある牙。小さなもので二メートル、大きなものでは十数メートル、下手をすれば二十メートルにも三十メートルにものぼる異常に長い犬歯のようなものもあった。

 その総てが食欲に駆り立てられた兵士として起動する。総数千を超える牙の竜が様子見の先兵としてテラストギアラの薄く開かれた口から射出された。

 地上到達まであと四十秒。




     ーーーーー


「結界起動!!砲手と弓兵、それに魔術師を全て広場に集めろ!!迎え撃つぞ!!」


 陽光が消えて全容の見えない巨大な『何か』が空に現れた瞬間から数名の聡い者達は迅速に動いた。彼、ブラックハウンドもその一人である。

 大都市セントラルには万が一の侵攻に備えた結界機能がある。竜の大群相手にどこまで通じるものかはわからないが、ここで使わない選択肢は無かった。


「やれ、やれ…!使い魔共を駆逐しきったと思った途端に、これかい!」


 魔力不足で息を切らすカルマータが再び救世獣の群団に命令系統を張り巡らせる。背に主を乗せる特別機オルトもそのサポートに回り、飛行型の救世獣が渦を巻いて空へと飛び上がる。

 そんな鈍色の昇り渦の中に、見覚えのある巫女服姿が混じっていた。


「一騎お借りするわよ、大魔女さん」

「はん、一騎と言わずいくらでも!」

「そう?では」


 セントラルの危機にこの人ありと言わんばかりにどこからともなく現れた『剣鬼』が、雀型救世獣の背中に乗った状態でやや腰を落とし、次には姿が消えてさらに上空を跳ぶ別の救世獣の背へと乗り移っていた。

 人外じみた縮地で誰よりも速く上空を急降下してくる竜牙兵と接敵したホノカの刀が瞬きの内に三度閃く。


「っ!」


 一閃につき一殺とするつもりだったホノカの眉がぴくりと跳ねる。

 斬った。裂いた。だが首も胴も分断には至っていない。

 異常な硬さ。上位竜種の鱗や外殻と同格か、あるいはそれ以上の硬度。

 もう一度振るった三撃にて、それぞれの三体を屠ったホノカが救世獣の背中に着地がてら水晶型通信端末を懐から取り出し起動する。


「通信、チャンネルフルオープンで総員傾注。竜特効を持つ者、あるいは純然な威力で竜の表皮を断てる者以外は前線に上がるな。千の牙、ひとつとて雑魚ではないわ」


 言うだけ言って通信を切ったホノカが朱色に染まる愛刀を手にもう一度飛び上がる。





     『メモ(information)』


 ・『暴竜テラストギアラ』、光学迷彩解除。セントラル直上にて存在確認。


 ・『暴竜テラストギアラ』、歯兵竜牙千体射出。市街へ向け降下。


 ・セントラル、都市防衛決戦用大結界起動。『黒抗兵軍中央本部・澤瀉』を含む全戦力出撃。


 ・『鏡の魔女カルマータ』、『黒抗兵軍機種総隊「時空」』再起動。飛行型を除く全軍をセントラルに配備。


 ・『剣鬼ホノカ』、出撃。


 ・『日向日和』、『陸式識勢・和御魂竜殻天将』五体をセントラルへ緊急招集。


 ・『日向夕陽』ら一行、地上へ帰還。


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