絶望を、災禍を、破壊を


 地上は阿鼻叫喚だった。

 ただでさえナレハテと悪竜王の使い魔二種が大規模に広げていた被害と騒乱の波が収まった直後であるというのに、空には陽光を遮るほどの巨大な生物のような何かが突如として出現した(少なくとも一部の人間以外にはそのように映っている)のだからこの騒ぎも仕方のないことではある。

 加えて上空の巨大生物から放たれた千に及ぶ敵性体。セントラルを防衛する者達ですら興奮と恐慌を隠そうともしない状況下で、都市に住む力なき民草が平静でいられるわけがなかった。

「心底嫌になるほど最悪なタイミングで仕掛けましたね、あの竜王は」

「もちろん、わかってやったんだろうけどな…」

 空を見上げて舌打ちするヴェリテと、隣で同様に苦虫を噛み潰したような表情を作る夕陽が呻くように喋る。

「ティカ…セントラル行政区へ行け。あそこには事前に薬草を大量に常備しておくようモンセーに話が通ってる。鱗粉を調達して、また戻ってきてくれ」

「ユー…っ。だ、ダメ!ダメだよ!!」

 その言葉が意味するところを察し、ロマンティカが夕陽の服を思い切り引っ張る。「ティカの鱗粉なんかじゃなくて、今すぐお医者さんに診てもらわないとダメ!だってユーはもう…!」

 彼のただ事ならぬ損耗事情を知っているロマンティカが口にしようとしていたことを、人差し指の先を口元に押し付けることで夕陽が黙らせる。

「のんびり寝てる場合じゃないんだ。今は一人でも多くの戦える人間が必要になる。こうなることだってある程度は予測していた。俺だけじゃなく、皆がな」

 竜王勢力との一戦がこの世界での最終決戦になることはとうの前から分かっていた。そして、その頃には人の陣営もまた消耗に消耗を重ねた状態であることも。

 これは不測の事態でもなければ予想外の展開でもない。

 必然の戦闘疲労。当たり前の不利。

 それでも勝つことを諦めなかった者達が集うのがこの場所だ。


「そういうこった。必ず勝てるって思い込んでる連中に敗北の二文字をブチ込んでやるのが最高に気持ちイイんだよなァ」

 ブンと両刃剣を振るって、明らかな虚勢を張るアルが声高に告げる。

「シュライティア、竜化しろ。出来ねェとは言わせねェ。ここがテメェお得意の戦場だ。空舞う風竜の本気を見せてみろ」

「……ああ。良い戦場だ。死ぬにせよ、勝つにせよ。―――心機昂る、良き戦場よな!!」

 吼えるシュライティアの肉体を轟風が包み込み翠の飛竜へと変貌する。


「ディアン」

 意味ありげに名を呼ぶカナリアの声に剣士は応答しない。

「時空竜じゃないけれど、僕もこの世界は美しいと思うよ。人が栄えていくに相応しい、人類の未来を紡ぐに値する世界だ。…カミとて一度だけなら手を貸したくなる、くらいには」

「リート」

 許可を求めるような、あるいは何かを促すような声色で話すカナリアの言葉を遮って、ディアンもまた意味を持って彼の名を呼び返す。

「なら黙ってみてろ。この世界のケツを持つのはこの世界の女神だ。そして、その女神に呼び集められた俺達とこの世界の人間がこの先を決める。まだ、俺達は何も諦めちゃいない」

 文様の浮かぶ片刃剣を掲げ、ディアンは肩に乗るリートにニッと笑みを向けた。


 光の粒子を散らしながら、シスターは自身と同様に煌めきの中に在る少女と意識を繋げる。

『お姉ちゃん。本当にまだ続けるの…?」

「…我らが大神、リア様が護り続けてきたこの世界を、こんなことで明け渡すわけにはいきません。それに」

 クレイモアと魔法の指輪、僧衣、ブーツ、全ての聖別された装具になけなしの魔力を通わせながら臨戦態勢を整えるエレミアが、いつもの如く女神に対する崇敬を口にして、それからぽつりと。

「私の妹を好き勝手にしてくれた竜王さまにも、まだお礼が済んでおりませんので♪」

『……あ、ははっ。うん、そうだね!』


 白銀の光が一同をゆっくりと包んでいく。

 それは神竜の加護。世界の敵、『混沌』に挑む勇者達へ送られる最大限の補助。尽きかけの体力を強引にでも戻し、使い切った力を湧かせていく。

「エヴレナ。ようやく、ここです」

「そうだね。長かったし、遠回りもいっぱいしたけど、やっと、ここだ」

 地下での古闇竜戦を経て残る力も僅か。それでも雷竜は軽く足取りで前に進み、真銀竜も隣を征く。

「覚悟はいいですか?全てを終わらせます」

「もちろん。ここまでの全てを継いで、繋げて、私は真銀の使命を遂行する」

 同時の竜化。猛る雷と皆を鼓舞する白銀の奔流が立ち昇り、最高峰の竜種達の咆哮が空へ轟く。




     ーーーーー




『くだらん』




 指、ひとつ、打ち鳴らし。


 閃光竜チェレンが編み出した模倣の技よりも繊細で、綿密な術式。

 古闇竜ドラクロアの絶技よりも大量で、真っ赤に赤熱した隕鉄。


 セントラルの空を埋め尽くす召喚紋から無数の隕石が生み出される。

 世界を滅ぼすアルマゲドン。かつて彼の力を借り受けた侍女が扱ったような未熟な練度ではない、正真正銘の竜王が放つ技。

 それが、

 数えきれないその全てが正確にセントラルへ向けて殺到する。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る