伍識虚招・天将神仙遁地法 (前編)


 燃ゆる隕鉄の雨。最早人がどうこうできる範囲を大きく逸脱した物量。一つの直撃でも都市の大半が破壊されるであろう絶望の黒天。

 その僅かな隙間をすら縫って餌を求める千の牙からなる模造竜種。

 世界の終わりが頭上数百メートルまで迫っていた。


『全ての闘う者達へ告げる』


 何らかの術式を介してセントラル全域へ届けられた女性の声に力はなく、呟くようなか細い声音が術によって強制的に拡声されて皆の耳へ到達した。

 その声の主を知る者達は希望を見出し、その声に覚えのない者達は疑心の中に一縷の望みを懸けた。

 続くはたった一言。


『一分を耐えろ。戦況はそれで変わる』


 一分。六十秒。

 たった今この瞬間に、ドーム状に広がり都市を護っていた大結界が隕石七つの衝突を以て完全破壊された。見上げる眼前に広がる破壊と絶望。

 これを、六十秒も凌げと?


「上等ォォ!!!」


 空へ昇る旋風の竜に乗って、妖魔が吼え猛る。地上で生成した全ての刀剣を追随させ風刃竜の咆哮と共に隕石へ投擲。多様な爆炎模様を描きながら隕鉄を粉々に撃ち砕き、自身も竜の背から飛び上がり牙竜を斬り捨てていく。

「残り五十七秒!!ク、ハハハッ!!ハハハハハァァァァアアアアアア!!!」

「―――いいわね。その威勢、悪くない」

 空中で隣に並んだ剣の鬼が微笑みと共に刀を抜く。アルの乱雑な剣技とはまったく異なる洗練された技量と速度をもって、的確に削り取られた隕石がかろうじてのところでセントラル範囲外へと軌道を逸らしていく。

「これだけの大質量の弾幕、完全迎撃は不可能!各自、攻撃は破壊ではなく都市部の外へ押し出すことを念頭に置いて動きなさい!」

 巨大な氷山から氷塊を切り出すようにざっくばらんに隕石を斬断していくホノカ。一見して無茶苦茶に斬り捨てているように見えるが、その全ては瞬時に計算された『ギリギリでセントラルに被害を及ぼさない墜落』として地上に爆発とクレーターを生んでいる。

「なるほど、それなら…!」

 その様子を見てカルマータが救世獣の群団を操作する。それらは束なり連なり、連結されたレールのような形となって隕石を受け流すように中央都市外へと繋がっていく。

『アル殿我らは!』

「あァ!んなまどろっこしいこと出来ねェよな!俺らは牙竜共を叩く!他も続け!!」

 脅威は隕石群だけではない。燃ゆる隕鉄を足場として飛び移りながら、シュライティアの背から離れたアルがテラストギアラの牙達と刃を交わす。後に続く戦士達も次々と模造竜種との交戦を開始した。




     ーーーーー


「おいモンセー」


 あの声が響いてから二十秒。天に両手を掲げて力を込める男。傍目には神へ祈りを捧げているように見えなくもない所作は、自身でさえも実現可能か皆目見当もつかない荒業への挑戦だった。

「入り口は、まあなんとかしよう。ただし俺はには行ったことがない。座標は指定できないぞ」

「調整は済んでいる。吐き出し口はの居城だ。千階堂、君はただ穴を開けることだけに全力を賭してくれ」

「簡単に言ってくれるな…」

 彼もまたセントラル防衛の際に最前線で戦ったのか、無数のダメージでボロボロになったスーツを身に纏う外務委員。隣で上空に魔法を撃ち込んでいるモンセー・ライプニッツと同じく十二席の代表委員に籍を置く千階堂輝峰が、陽光遮る巨大な竜へ向けて意識の全てを注ぎ込む。

「こんな規模のポータルは人生初だ。おそらく命を削るだろうな」

「問題ない。私も君の為に命を削る。共にこの世界を護るべくして座した十二席だろう」

 いつもの如く冷静に、簡潔に、ただ事実だけをけろりと述べる同業者にふっと笑みを返す。

 直後に鼻血が流れ、滝のような汗が千階堂の全身を濡らす。

「違いない」

 音もなく広がる空間の孔。とうに普段の上限と定めていたワームホールの面積を超えている。超過した過負荷が脳を焼き、全身の神経を引き裂きながら反動として返る。

 だが止めない。拡がり続けるワームホールはあと数十秒で巨竜ごと竜王達を飲み込むだろう。行き先は、彼ですら知らない未知の領域。

 高空で戦う者達が撃ち漏らした隕石の欠片、肉体が欠損してもなお餌を求めて降下する贋作生命体の牙竜達がついに都市最高度を誇る行政区の屋上―――すなわちが二人の立つ場所へと到達せんとする。

「ちっ」

 乱発する魔法でも全ては仕留めきれない。有言実行とばかりにモンセーは躊躇いなく寿命を縮める対軍大規模魔法の紋を手の内に現出させる。

 そうして嵐のような魔法が空を蹂躙する直前。

 一筋の白光が空を横切り、彼女に迫った全ての脅威を爆散させる。

「…流石にこれだけの戦力差。威力もそれなりに強力になるな…」

 光の帯に見えたものの正体は一発の銃弾。対峙する敵の数や質に応じてその威力を跳ね上げる性質を持つ弾丸は、世界に終焉をもたらす竜王陣営の絶望を前にして僅かな希望を垣間見せるほどの威力と化してレーザーじみた苛烈な一発へと化けた。

 そして現れた青年が、なんとも頼りない苦笑を浮かべて屋上へ降り立つ。


「戻りました、参謀総長殿」

「まるで主人公ヒーローのような登場だな総指揮官殿。並みの女子なら惚れてるところだ」


 苦笑いに挑発的な笑みで応え、モンセーは随分久しぶりに感じるその学生服姿、シンイチロウ・ミブの援護に最上級の賛辞を贈った。

「へ、是非とも我らが代表委員に招きたい…くらい、だ」

 青白い顔色で健気に歯を見せて笑んだ千階堂が膝を着く。

「千階堂」

「仕事はした。……少しだけ、寝る」

 一方的にそれだけ言って、うつ伏せに倒れた千階堂が意識を失う。どうにか呼吸は行えているようだが、急いで病院に運ばねばならないほどの反動ダメージが肉体に強く刻まれている。それほど今回のワームホールは規格外のものだったのだ。


 巨竜よりもさらに高い位置。拡がった孔の先は不気味なほどの黒色で埋められている。

 凄まじい吸引力でポータルの孔は竜と隕石を飲み込んでいく。その先、ホールの出口はおよそ人の住める空間ではない。一度送り出せれば倒せはせずとも今の窮地は脱することが出来る。

 これまで闘っていた者達がほんの少しその手を止め、突如として打ち出された切り札の展開に固唾を飲む。

 巨大な、本当に巨大な竜の三対もある翼の端がポータルの孔に吸い寄せられる。一度完全に触れてしまえばあの引力から逃れることは至難を極める。

 誰しもが事態の一時収束を確信した頃。




「ふむ」




 古のひかりが巨竜の背で小さく呟き、鉄塊の如き大剣を持ち上げた。


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