伍識虚招・天将神仙遁地法 (後編)


 ほんの僅かな、それは一秒にも満たない出来事だっただろう。

「ふむ」

 人間であれば数百人で掛かっても到底持ち上げることができないほどの超重量を誇る大剣。死した後、その遺骨を以て鍛え上げられた祖竜の剣。

 『灰燼剣ブレイズノア』を担ぐ焱竜ブレイズノアが巨竜テラストギアラから飛び上がり、自ら大口を開けるワームホールへと突っ込む。

 そして太古の神話が蘇った。

 空を焼く暁が如き真紅。

 曙光は拡かれた空間の裂け目を焼いて潰し、あるべき姿へと戻すように振るわれたひかりは代表委員の切り札を小枝を払う程度の気軽さで完封した。

 みるみる内に元の空へと戻っていくポータルの孔をのんびりと眺めていたブレイズノア。

 そんな彼の背中を、トン、と。

「?―――おお」

 究極の剣閃が押した。

「…………っっ!!」

 隕石の雨、千近い牙の竜。巨竜自体の迎撃すらも掻い潜って。

 強行に強行を重ねた突破。空へ直上に昇った剣の鬼の最大全力の一手。

 それが、。そんなはずはない。持ち得る全ての技量を乗せた超抜刀。十歩圏内、惨殺の太刀を重ね当て。まともな生物であれば数度は殺し尽くしているはずの絶技。

 真に古きを生きた祖には、人として到達できる極致ですらもその程度にしか通用しない。

 だがそれでも。

「…確かに、!!」

「そうだな。見事だ」

 敵であるはずの剣鬼にすらも慈愛の表情を向けて、ブレイズノアは人の究極到達点を心の底から賛美した。

 たった少し、押した背中が。

 塞がる寸前だったポータルの孔へとブレイズノアを押し込んでいたのだから。




     ーーーーー


 本来であれば竜王陣営を纏めて異空へ弾き飛ばしていたはずの切り札。しかしそれは叶わず、祖竜一体をセントラルから引き剥がすのみに終わった。

 この結果に対し、モンセーは、そして

 静かに歯を剥いて笑った。




     ーーーーー


 本来の祖竜はそれ一体が世界を滅ぼすほどの力を持った生ける厄災そのものである。

 真祖たるブレイズノア、テラストギアラ。そして覚醒したエッツェル。

 この三体を同じ戦場内で撃破することはどうあっても不可能だ。

 だから引き離す必要があった。欲を言えばその全てを星の外まで押し出せれば最良であったが、これだけでも充分。

 声は言った。一分を耐えろと。それで戦況は変わると。

 あれを放ったのはモンセーではない。


「〝さあ人よ、か弱く脆き知恵の子よ〟」


 謳う。竜に及ばぬ小さな命に呼び掛ける。

 意志。覚悟。決意。世界を死守せんとする守護者達へと。


「〝大いなるそら、六合の頂。討たんとすれば我が求めに応えろ〟」


 詠う。竜に挑む彼ら彼女らへその意思を問う。

 祝詞に合わせ、世界の各地から集結した五体の式神が、空へ。

 浮かぶ五芒星。各頂点に停滞した式神から溢れた光が柱となって陣を結ぶ。

 彼女が自らの真名を別けて生み出した式神の竜。これ本来の用途は最終決戦における対竜王への策であった。


「〝房有神術神伎再演能縮地脉龍脈接続千里存在縮尺誤造目前宛然解放跳躍〟」


 最大出力の竜種特効術式により決戦における敵の力を大きく削ぎ落とすこと。これが必要なければ、式神は〝絶望〟への封印処置として用いられるはずだった。

 そして、今、かの式神五体はそのどちらにも使われない。想定より遥かに劣勢に立たされながら、彼女は敵への攻撃にも味方の防御にもこの力を使わない。

 彼女にしては極めて珍しい、確証も勝算も度外視した大博打。

 


「〝放之復舒如舊也座標補足・空間置換出神仙傳形而改変概念干渉〟」


 元々用に拵えていた型、基板を全て台無しにして、まったくゼロから術式を急造する。

 新たな術式自体が荒唐無稽な改竄術法。太平広記の記述より縮地法、仙術の概念に手を加えることで編み出された空間の超越。

 竜王が破壊の手を差し出すも既に遅い。急造を最速で仕上げた日和の術式が空とセントラル全土を覆い尽くす。


「〝伍識虚招ごしきこしょう天将神仙遁地法てんしょうしんせんとんちほう〟」





     ーーーーー


 セントラルの街に陽光が戻る。

 照らし出された街並みは依然として混乱の只中にあったが、隕石の雨も、千の牙竜も、空を埋める巨大な竜も、何もかもが初めから存在していなかったかのように消え失せていた。

 そして、戦士達も。


「日和さん」

「……」


 対竜王、対『絶望の概念体』に対応させていた式神竜の性質を歪みに歪めてまったく異なる術式へと変貌させた代償として式神竜五体は紙吹雪となって空高く消失した。術自体を放った日和の肉体にもさらに甚大なダメージが上乗せされている。


「日和さんっ」

「……ああ。うん」


 基となった伝承において、その術式は大規模な転移術として機能を果たした。竜王の陣営を丸ごとと、セントラル内部に指定して領域内にいる戦闘可能な者、決戦への意思を有する者のみを同時に飛ばした。転移先は、これから始まる一大決戦を行うに際しもっとも世界に被害が及ばない場所。

 ただ倒すという目的だけであれば、ここまで手の込んだ真似をする必要はなかった。

 全ては世界の破滅を免れる為、それを望む我が子の為。

 だが。


「日和さん!なんで、…なんでっ!」

「…言いたいことは、わかるよ」


 その愛しき我が子は瀕死同然の日和の後方に立ち、怒りとも悲壮とも取れる声を荒げて親であり師でもある女性を見据えていた。

 日向夕陽がここにいる。命を賭してでも世界を護らんとしていた少年が、何故か。

 弱体化しきった今でも練り上げる術式に一切の綻びを見せなかった彼女の転移から外されていた。





     『メモ(information)』


 ・『竜王エッツェル』率いる全軍勢、エリア9へ転移。


 ・セントラルにて交戦中だった全ての『決戦に臨む者』、エリア9へ転移。


 ・『焱竜ブレイズノア』、ポータルにより『???』へ転移。


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