崩れゆく地底世界 (後編)
―――、―――。
飽きた。
〈飽きた〉
〝飽きた〟
【飽きた】
《飽きた》
[飽きた]
―――地底は、飽きた。
光源の消えた暗闇の地下世界に一点、小さな
『くす、クス』
完全に抹消されたはずの肉体を再形成して、再誕したマギア・ドラゴンはゆっくりと蘇生した頭部を持ち上げて崩れていく地下を見上げる。
そこにはほんの少し前、竜達のブレスによって開かれた大きな縦穴がある。
地上へ繋がる穴。
『キャきゃきゃ!!』
ばさりと黒影から適当な子供の描いたような翼を生やし、軽く羽搏いてみせる。
とてもその巨体を浮かせられるはずもない左右のバランスすら不揃いな翼が、理屈の通じない揚力を発揮してドラゴンの巨躯を地面から離す。
『げらゲラげら、ヒヒヒヒャハハ!!!』
真っ当な笑い方を知らない赤子のような怪物が、悪夢の塊が。
地上への大穴へ向けて進路を定めた。
その時。
『…?』
突如の落下。痛みすら理解していないドラゴンが、首をもたげる。創ったばかりの両翼は、闇の咆哮によって根本から抉り取られていた。
『…ふ、ぅ……』
深き闇の奥底より、瓦礫を押し退けてさらなる闇が起き上がる。
三竜公、旧き闇のドラクロア。覚醒した竜達との戦闘により死亡したと思われていた彼が、地面に減り込んだままじたばたしているマギア・ドラゴンを睨めつける。
『地上へ、出るつもりか』
答えは無い。マギア・ドラゴンにとっては一度戦った相手だ。
ただ一度でも関わり合ったのなら、それはもう知っているもの。未知でなくなったもの。
言外に、そして無自覚にドラゴンは老竜を侮辱している。
もうお前には興味がない、と。
古闇竜がその双眼を見開き、絶滅領域が両者を包み込む。
『であろうな。私とて、貴様のような不可解なモノに寄せる関心は無い』
だがな、とドラクロアは近づく死への秒読みを感じ取りつつ、負担の掛かる領域の圧縮を実行する。
『この世界は貴様なぞの娯楽で使い潰されていいものではない。痴れ者が』
主の為に地下竜都を再起動させ、主の大望を成就させる為にたった一騎で闘い抜いた。永き時を経て、研鑽の果てに祖の力にすらも近づいた。
そんなこの身を打ち倒したのは紛れもなく銀天に集いし英傑達。負けはしたが、あの一戦は誇るべきものであったのだ。自分だけでなく、相手すらをも。
だというのに、この悪辣極まる竜モドキは、あろうことかその全てを踏み躙って享楽に耽ろうとしている。
断じて許せるものではない。
『貴様だけは逃がさん。永久に沈め、我が命と共に冥暗の底で』
忌々しき人の陣営を助けたつもりは毛頭ない。ただ命潰えるならば、せめて主の障害となりえるものをひとつでも道連れにするという、それだけの話。
これから始まるであろう、『秩序』と『混沌』の最終決戦。そこに馳せ参じることが出来なかったのは無念極まりない。だが。
(主よ。―――……敵は手強い。世界の変革、容易でないと心せよ)
かつて見た主君の雄姿を脳裏に思い描き、最上の忠誠と共に闇の空間を己がごと圧し潰す。
『けヒャハ!ぎ、ギギ…ぎぎゅば』
マギア・ドラゴンの潰される間際に不細工な断末魔らしきものを漏らし再びその存在を消失させていくのを確認し、竜王の忠心ドラクロアは闇の閉ざしに合わせてゆっくりとその眼を落していった。
ーーーーー
「ドラクロア」
最古参たる臣下の気配が消え去り、つと顔を上げた竜王エッツェルがほうと小さく息を漏らす。
それは落胆か失望か、あるいは寂寥か悲嘆か。
眉ひとつ動かさず顔を引き戻した彼の心情を、その場にいた誰しもが汲み取ることが出来なかった。
「竜都の地上復権は失敗した。だが…それなりの痛手は与えただろう」
まるで何事もなかったかのように次のフェイズへ話を進めるエッツェルの分析通り、フロンティア世界は相応の疲弊を見せていた。
悪竜王の引き起こした使い魔達の騒動と同時に起きた『ネガ』とマギア・ドラゴンの暴走。他の地点でも様々な敵性体に対しフロンティア世界でも特筆すべし強力な各陣営の者達が撃破に当たり、多大な損失を抱えていた。
仕掛けるなら今を置いて他に無い。
「テラストギアラの制限を解く。数千数万に及ぶ竜の牙兵、万象森羅を噛み砕く太古の暴食。そして、貴様らだ」
玉座に腰掛ける竜王を前に片膝を着いて服従を誓う総勢五体の上位竜種。
疫毒竜メティエール。
火刑竜ティマリア。
破岩竜ラクエス
閃光竜チェレン。
命泉竜セレニテ。
そして唯一竜王に傅くことなく腕を組んで大剣に寄り掛かっている『
「征くぞ。人の紡ぎ上げた歴史、ここで全て
竜王陣営の本格的な侵攻が開始される。
その頃ようやく地下から地上へ戻った夕陽達の完全回復まで、ここから実に六時間を要する。
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