翌1100~1200 病室にて


「調子はどうだ?」

「これだけ最先端の医療設備に囲まれておいて、悪いだなんて言えないさねぇ」


 昼前。

 夕陽は幸と共にホテル内にある病室へと向かった。

 そこは生命の危機的状況にある傷病者が運び込まれる集中治療室I C Uではあったが、中にいる魔女の容体は随分と落ち着いて見えた。

 対竜王との戦いでもっとも手酷いダメージを負わされたカルマータ。一時は生死の境を彷徨っていたほどだが、異世界中の高い治療技術と魔法の併せ技によって奇跡的な復活を遂げた。

 命に別状はなく、後遺症も残らないという診断を受けてはいたものの、カルマータにとっての専売特許は永久に喪われることとなった。

「悪いね夕陽。私の不死は完全にころされたらしい」

「聞いたよ。もう無理は厳禁だな」

 竜王の破壊を受け、カルマータの肉体に刻まれていた不死の術式は砕け散った。今後、これまでのような不死ありきでの無茶な戦い方は出来ない。

 いくら永きを生きた大魔女とはいえ、最大の武器を失った事実は大きい。実質的に戦力としては半減以下と見ていいだろう。

 それでも夕陽としては落胆より安堵の方が勝っていた。

「あんな目の前で手足バスバス吹っ飛ばされても平気で戦うカルマータを見なくて済むならそっちの方がいい。心臓に悪いんだよお前の戦い方は」

「思いっきりブーメランだよその言い分。あんたが言うな」

「…っ」

 カルマータに言い返され、同意するようにジト目で見上げてくる幸によって反論を封じられる。夕陽にとっての日常茶飯事も、周囲から見れば自身の命を軽んじた神風特攻に映る時は多々あることを彼自身は自覚していない。

「…とはいえだ」

 指をパチリと打ち鳴らし、カルマータがベッドから起き上がる。

「魔女として積み上げてきた研鑽と技術が衰えたわけではない。まだまだ戦えるよ。…ただ、馬鹿息子との約束は違えることになっちまいそうだけどね」

 馬鹿息子オルロージュとの約束。

 時空竜を生み出した贖罪、その業を星の終わりまで背負って生きると誓った想いに嘘偽りは無いが、不死でなくなった以上カルマータは否応なく人の寿命で死んでいく。

「申し訳ないとは感じているが、同時に安心もしてしまった。滅びを諦めていた私が、どうやら真っ当に人間として死ねるようになったらしいことにね」

「それが普通だ。未来永劫生きていたっていいことないだろ」

 人の物差しで人の命を生きる日向夕陽にとっても不老不死なんてものは憐れみこそすれ羨んだことは一度としてない。

 『くだらないんだよ、二度目の生など』

 『そんなものに期待して、一度目などと考えて生きる道は碌でもない』

 『生きとし生ける者はな、総じてただ一度きりを生きるからこそ素晴らしいのだ』

 いつかどこかで殺し合い、共に戦った異世界の熊猫パンダの言葉が脳裏をよぎる。それも束の間のこと。

「…わぁっ!?」

 頭上から聞こえた短い悲鳴に感傷を遮られ、ロマンティカの声が向いた後方へ顔を向ける。

「うぉっ…」

 何事かと振り返った夕陽の肩も一瞬だけ跳ねる。

 そこにいたのは四足の獣。正しくは獣の姿を模した銅鉄。器用にその背に乗せたティーセットをのそのそとベッド近くに設置してあった小型の円卓に乗せて、獣はふんすふんすと必要のない鼻息を吐きながら下がっていく。

 夕陽達にとっては強敵の使役した使い魔のようなものとして、そして今は魔女が引き継いだ無数の友軍としてその認識は改められているモノ。

「きゅ、『救世獣』…か。ホテルの中にもいたんだな」

「いやアレだけだよ。オルトと名を付けた、今の救世獣の統轄機さ。私のサポートも兼任し、『救世獣』の持つ八タイプ全てに変形可能な特殊個体だ。私があの巨竜へ向かう時に乗っていた機体でもある」

 先程の指鳴らしが合図だったのか、運んできたティーセットからカップを三つ取り出し指先ひとつで茶器が自然と紅茶を淹れ始める。

「オルト…?」

「そう。時空竜の心臓オルロージュ・ハートの一部を核として私が手ずから再設計した最も新しき『救世獣』」

 そう聞いて瞳を細めた夕陽の考えを読んだか、カルマータは片手を振って抱く懸念を事前に解消した。

「とはいえオルロージュの人格だの意識だのはもちろん引き継いじゃいない。どころか時空竜の持っていた能力だって一欠片も使えやしないんだからね。別に馬鹿息子が蘇ったりすることは断じてないから安心しな」

 あくまで新たな統轄機体を作り出す上で元のマスターであるオルロージュの基盤を用いることが設計の時短に繋がるから流用しただけのこと。カルマータはそう続けて補足した。

(そうなのか。いや、でも……あの機体は…)

 夕陽の持つ〝干渉〟の異能が巡る眼で捉える景色には通常の視覚情報とは別のものが見えることがままある。

 その眼をもって視認した限り、あの『救世獣』は―――。

(……まぁ、いいか)

 少なくとも、カルマータの言う通り再び悪夢が繰り返されるような兆しではない。悪い事態に結びつかないのなら、余計なことを口に出すべきではないだろう。


「にがぁ!かっカル!お砂糖ないの!?この紅茶…ていうかほんとに紅茶なの?ありえないくらい苦いんだけど!?」

「あっはは。あんたには果実水の方がよかったかもね、ロマンティカ」

「っ。……?」

「おい待て幸まだ飲むな。お前も緑茶とかにしといておいた方がいいかもしれない。この魔女長く行き過ぎて味覚がどっかおかしくなってる可能性があるからな」

「失礼だね。ちょっとえぐみが強いだけの普通の茶だよ」


 魔女の無事も確認できたところで、夕陽達は昼食までの時間を病室でのんびりと過ごすのだった。


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