翌0700~0800 食堂にて


「しっかし、取り込んだっていうのもいまいちよくわからねーよな」

 ホテルの食堂で朝食を頬張りながら、包帯だらけのディアンは卓の向かいに座るエレミアへと話を振る。

「自力で形を保てなくなった概念体ウィッシュをお前が身に取り込んで、それでつまりはどうなったってんだよ」

「ええとですね。厳密には取り込んだというよりかは一種の契約を繋いだような感じであって……私もうまく説明ができないのですけれど」

「お姉ちゃんがいないとこうやって食べたりできないってこと!」

 淑やかに食事を嗜むエレミアの隣、ふわふわと落ち着きなく浮遊するウィッシュがジャムを塗ったトーストをばくばく食べている。時折そんなウィッシュの口元を拭いてあげながら、エレミアも曖昧に頷く。

「ようは俺と幸みたいなもんだろ」

 助け舟を出したのは意外にも夕陽だった。

「たぶんだけどその状態は〝憑依〟に極めて近い。人ならざるものを宿し、人ならざる力を得る。そっちは共有っていうか、同化した副産物みたいなもんなんだろうけど」

「っ」

 共に和食をつつく幸もこくこくと首肯で夕陽の仮説を支持した。

 エレミアの発光状態は戦闘時のみに限定されるようで、それ以外の日常生活下ではこれまで通りの姿に戻っていた。

 ただ、その身には夕陽の言う通りウィッシュの力が流れ込んでいる。それも制限が課されていたが。

「〝成就〟の使用には限度があるんだったか」

「はい。あまり大きな願いは叶えられませんし、一度の使用で私の持つ内蔵魔力の1/3ほどを持っていかれます。肉体面での消耗も激しいので実質日に三度が限界かと」

 テラストギアラ脱出時にカルマータの術式を復元させたのは紛れもなくエレミアであり、その力は〝成就〟の概念体が扱っていたものだ。

 同化しリンクを繋いだことで概念体の性能を獲得したはいいが、そもそも使い手の規格が違い過ぎるせいで使用にも重い制限が乗っている。

 さらに今のウィッシュが現界していられるのはエレミアの魔力を使っているからであり、つまりこの二人はもう常日頃から離れられない間柄となっていた。

「ってことはこれから先の戦いはエレミアとウィッシュはセットになるってことか」

「よろしくー!」

「…大丈夫か?」

 能天気に片手を挙げて返事をしたウィッシュに不安げな表情を向けるが、それにエレミアは苦笑いで応じるのみだった。それに関する不安は同様に抱いているらしい。

 これ以上この話を続けても不毛と判断し、夕陽が話題を切り替える。

「お前こそ大丈夫なのかよディアン。メティエールの毒を受けまくって昨晩はだいぶ衰弱してたらしいじゃんか」

 ディアンは奪還戦で主に疫毒竜の足止めに徹していた。そのせいで身を侵す無数の猛毒にうなされる夜を越えたと聞いた。今の様子を見るに解毒は完治したようではあるが。

「問題ねーよ。いつでもドンパチいけるぜ」

「虚勢じゃないならそれでいいけど、もしまだ残ってるようだったらティカに頼んでおくぞ」

「ユーゥ~…」

 噂をすればなんとやらで、ふらふらと安定しない飛翔で食堂にやってきたロマンティカがぽてりと夕陽の頭に着陸する。

「ひどいよ、ひどいよぉ……。終わったと思ったら次から次へとっ。どんどんどんどん治すひと増えてきて。…いまやっと治し終わったとこぉ」

「お疲れ様。お前の貢献は後のフロンティア史に刻まれると思うぞ。いやマジで」

 レディ・ロマンティカのここまで行ってきた功績は多大だ。彼女の存在抜きで生き残れた戦場など無いと言えるレベルで、夕陽はこの小さな妖精に助けられている。

「お前も飯食ってけ。食事が終わったらお前の好きなことをしよう、約束してたしな。何がいい?」

 鞭ばかりでは生物は動き続けられない。たまには飴をちらつかせることも大事。…とは我が師たる日向日和の弁である。

 そこまで非情にはなれない夕陽は、純粋にこれだけよく働いて活躍してくれた妖精を労いたかった。

「……じゃあ。薬草食べたいから、あーんして。もう動きたくないの」

「お安い御用すぎるな。いくらでもやってやるよ。他には?」

「…………えっと。じゃあじゃあ。…一緒に、おしゃべりしよ?お話いっぱいしたい」

「…そんなんでいいのか?」

 どれもわざわざ報酬として要求するほどのものではない。普段のロマンティカであれば、もっと夕陽を困らせるような無理難題くらい吹っ掛けてきそうなものだったがと、首を捻る。

 だがそれでもロマンティカは夕陽の髪を毛布のように体に乗せて寝転がったまま、ふわりと微笑むだけだった。

「それでいいの。それがいいの。…だって、この戦いが全部終わったら、帰っちゃうんでしょ?ユーは」

「……」

 妖精は良くも悪くも未来を見据えていた。竜や女神に敗北した先など微塵も考えていない。全てを勝利で収め、平穏無事を取り戻した世界の先にある別れを見ている。

 夕陽はただ頷いた。

「さってと。んじゃ俺はとりあえず次の戦に向けて準備しとくか」

 薬草を注文した直後、一足先に食事の皿を空にしたディアンがリートを伴って立ち上がる。

 去り際、ディアンが夕陽へと向き直る。

「とりあえず、俺はいつでも行けるってことだけ認識しといてくれや大将。今すぐにだって出れるってな」

「了解。あと大将はやめろ。そんな器じゃない」

 片手を振って嫌がる素振りを見せた夕陽に「どーだか」とだけ返し、ディアンが食堂を後にする。

 残ったのは夕陽と幸、ロマンティカ。そして自身は食事を終えウィッシュが食べ終えるのを座して待っているエレミア。そのエレミアが、

「少し時間が出来ましたね。では」

 ごそりと椅子の下に手を伸ばしたかと思えば、次にはゴトンと重々しい音を立てて分厚い書物を卓上に置いた。

「今日という一日も素晴らしいものになりますよう、私が女神リア様を崇拝する聖典を音読して」

「すいませーんさっき注文した薬草なんですけど包んでもらっていいですかーあとお勘定お願いしまーす!」

「……っ」

「ぅーぁー」

 素早くその場を離脱すべく手を打って勢いよく立ち上がる夕陽に付いて幸もそそくさと椅子を下り、疲弊したロマンティカは夕陽の上で覇気のない呻き声を上げていた。

「ちょっと待ってくださいせめてごじゅ…いえ三十ページ分だけでも聞いて行ってください絶対に後悔させませんので!」

「詐欺まがいの勧誘やめろや!ごちそうさまでしたっ!あとはウィッシュに聞かせてやれよ嫌でも一緒なんだからな!」

「えっ」

「…確かにそうですね。ウィッシュちゃん、せっかくこうして共に在り続けることを願った仲なのですから、貴女も敬虔で従順な信徒を目指しましょう」

「えっえっ」


 心の中で手を合わせ念仏を唱え、人身御供と化した流星の少女への罪悪感もそれなりに夕陽は幸とロマンティカを連れて逃げ出すように食堂を飛び出した。

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