翌0500~0600 海辺にて


 巨竜テラストギアラの体内から帰還した翌日のこと。

 誰しもが傷だらけであったが、俺に関しては動けないほどの傷ということもなかったので、朝からこうして浜辺まで足を運んでいた。包帯を巻かれたあちこちの部位は痛むが、ベッドで寝たきりになっている方がむしろ落ち着かない。

 俺の様子を慮るように付き添う幸と他愛ない会話をしながら朝の砂浜へ着くと、そこには先客が腰を降ろしていた。

 砂が付着するのも構わず座禅を組んでいるのは日和さん。喪われた右腕の袖を海風に揺らしながら、残る左腕で何かの印を結んで瞑想していた。

「……」

「おはよう、夕陽」

 元帥閣下から叩き込まれた技術を総動員して音もなく背後から近づいたというのに、日和さんはまるで意に介さず俺の存在を捉え朝の挨拶をしてくる。一気に馬鹿馬鹿しくなり、殺していた気配を全て解放する。

「…おはようございます。早いですね」

 時刻にして早朝。いつからこうしているのかわからないが、おそらく薄明より前からなのだろう。

「今は少しでも力を回復しないといけないからね。こうして体内の霊気を増進させているんだよ」

 そう説明してくれる日和さんの左腕にも包帯は巻かれていた。先の竜王戦で受けた傷。俺達全員の傷はホテルの治療設備や回復術師、あるいはティカの力で順次全快まで持っていく予定ではあるが、それらは全て先約で埋まっている。

 俺達がウィッシュ奪還戦に臨んでいる間、地上でも無数の戦いは起こっていた。大天使や世界を脅かす敵との死闘。そういったものを差し置いて、ただ一人の女の子を助け出すだけに動いていたのは俺達の陣営だけだ。

 別に後悔はしていない。やり直せたとしても同じ道を選ぶ。

 ただ、やはりその惨状を目の当たりにすると事の大きさは痛感させられた。特に、俺達を鍛え上げてくれた元帥閣下のあの姿には。

 再び少年化していた米津さん。それよりも、俺は見た目以上の変化に内心で随分と驚いたものだ。

 俺の持つ〝干渉〟の異能は五感で捉えられないものを捉え、知覚する。本質が人間という種から大きく逸脱していると気付いたのは、その莫大な神力によるものだった。

「…日和さん。そんな簡単に、神様になんてなれるもんなんですか」

「なれるよ」

 口にするのもやっとだった質問に、あっけらかんと日和さんは答えた。

「人が神になるなんて、そう珍しいことでもない。無数の信心と信仰を得た者は人から生まれた身であれ神性を宿す。神の子たるキリストなんかがその好例だね」

 そんな簡単にその名を挙げられるのも怖いが、この人にとって神という存在はそれほど遠くに感じるものではないのかもしれない。…日和さん自身、神なる存在をいくつも降してきたそうだし。

「天魔に拘らなければ神などそこら中にいる。君がこの世界で出会ったあの妖魔だって不完全ながら魔神へと至れるし、私だってその気になれば神くらいなれるよ。死んでも嫌だけどね」

 最後の言葉だけは本当に嫌そうに吐き捨てられた。よほどこれまでの人生で神には辛酸を嘗めさせられてきたのだろうか。

「さて、夕陽」

 おもむろに立ち上がり、付着した砂を叩き落としながら日和さんが振り返る。

「次はどうする?竜か、女神か。わかったと思うけど、竜王は単独の陣営で倒せるほど簡単ではないよ。私の式神も一体壊された」

 片手間に語られたことに、俺も無言で頷いた。

 そうか、やっぱり…。

「タっさんは、やられたんですね」

 タっさん。《タ号》と呼ばれた式神竜六体の内の一体。共にテラストギアラ体内へ突入したはずの竜の姿がどこにもいなくなっていたのには気付いていた。他ならぬ使い手の日和さん本人が何も気にしていなかったからこちらも口出しはしなかったが。

「最後の保険として潜ませていた。もし転移の離脱時、あるいはその前に全滅の危機に及んだならば割り込ませて盾くらいには使えるようにね。実際は出すまでも無く逃げおおせたから、その直後にあの場所で大暴れさせてやったよ。秒殺されたがね」

 式神竜は日和さんの意思に応じて遠隔操作が可能だ。アクエリアスに転移した時点で意識を式神へと移し交戦を行ったのだと解釈する。

 あの場にいた竜種はエッツェル含めて八体。秒殺と言われてもさもありなんといったところか。

 あの戦いでわかったことは、純然たる絶望的なまでの戦力差。各上位竜種は手練れでなければ倒すどころか渡り合うことさえ不可能。しかも竜王の呪詛カリスマを受けた配下は並の上位種すら凌駕する。

 そしてテラストギアラ。本来の性能の半分も発揮していなかったあの巨竜がその気にさえなれば、竜王がそうさせれば。

 竜種をベースとしたキメラ―――『歯兵竜牙』と呼ばれる無数の歯牙が空を埋め尽くす。その一体一体が、本来であれば厄竜と同等の性能を宿す。

 竜王が制約により縛り付けていなければ、俺達は体内へ突入するより前にその数と質に圧倒され潰されていた。

 アレは、自体が軍団のようなものなのだ。

「……とりあえず皆の回復を待ちます。ここから先は、俺達だけが出しゃばってもどうにもならないので」

「賢明だね。私も同意だ」

 リアとは異なる女神の介入、竜種の頂点争い。

 これまで少ない人的戦闘力で戦い続けてきたが、流石にその無理も通せなくなってきている。

 いよいよ『黒抗兵軍』として、あるいは日本軍の一員として、もしくはそれ以外の何かとして。

 この戦争に加わる時が来たのかもしれない。

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