開戦
VS体育教師ゴリ松
「駄目だ駄目だそんなんじゃ!もっと腰を入れんか!!」
トンカチ片手に和気藹々とテント設営しているその最中に奴は現れた。
フーダニットとの半ば強引な謁見を経て、ようやくメインの戦場に転移された俺と幸。周囲に人の気配は無く、すぐ近くには見上げる高さの奇妙奇天烈な形をした山があった。
地図を見るまでもなく、個性が溢れているここは立体岩山、その山麓で間違いなく、危険な生物も見当たらないこの場所を早速安全に寝食できる拠点として選んだ。
何せ二人っきりでのキャンプなどはこれが初めて。こんな状況こんな場所だろうと嫌でも心躍り、幸と共に荷解きを終えテントをマニュアル通りに広げていた。
「角度はこう!あまり垂直に立てすぎると張った際に引き抜ける可能性があるからな!」
いきなり現れた筋骨隆々のおっさんが横合いから頼んでもいないのに割り込んできたのだ。何か言うよりも困惑が勝った俺達をよそに、赤ジャージの巨漢は叫ぶ。
「打つときは真上からぁ!下手に斜めから叩くと衝撃が伝わり切らず刺さらんからな、つまりこう!」
ベキャァ!!!
「ペグが!?」
テント固定用の杭がものの一撃でヘシ折られ、馬鹿力でトンカチすら握り潰したはた迷惑なおっさんを片手で押しやる。
「なんだよアンタはっ。帰れ!帰ってくれ!!」
そもそもどっから来たんだ。こんな辺鄙な地に住んでるとも思えないが。
「何をする貴様!おい、名はなんという!?」
「うるせぇな声でけぇよ!日向夕陽だ」
「大きな声でもう一度ぉ!!!」
「うるせえな!?」
たまらず幸を抱えて大きく後退る。コイツ現地民か?おかしなのに絡まれた。
「よぉし!日向!」
「なんすか」
「俺は今からお前を殴る!!」
「………………な、」
なんで…?
何一つとして意味がわからない。大昔のスポ根ドラマからそのまま抜け出してきたかのような大男の語気に圧されるばかりだ。
男は大きく頷いて、
「いいな!?」
「いやよくないよくない、何にもよくない」
もう恐怖すら覚えてきて、ひとまず拳を構える。悪いこと一つもしてないのに見知らぬ他人からぶん殴られるのを許容できるほどの器は俺に無い。
「む、貴様抵抗する気か!いいだろう!思い切り俺の胸にぶつかって来い!!」
ドムダムッ!!と両拳でドラムングを行う。もうゴリラだろコイツ。
ん?ゴリラ?
『あ、あー。テステス、夕陽聞こえてる?』
と、その時ここへの転移と同時に片耳に装着していたインカムから音声が届いた。今回オペレーターとして手伝ってもらう日和さんだ。
「はい聞こえてますよー。でもちょっと確認作業あとでもいいですか、なんか変なのに絡まれてて」
『うん見てる。そのことなんだけどね』
『―――確認。双方の同意を確認』
日和さんの声をさらに掻き消す大音声。当然俺でも相手方でもない。姿も見えない澄んだ声は淡々とこう告げた。
『日向夕陽、体育教師ゴリ松、条件を満たし交戦を認可。開始まで5、4、』
『彼、♠の代理者だよ』
「幸…〝憑依〟頼むわ…」
今更だが、そんなような気はしてた。ほんの十数秒前から。
ほんと、つくづく、どこまでも、なんの因果か。
『1、0。戦闘開始』
俺にとって異世界とゴリラは切っても切れない関係性にあるらしい。
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ただまぁ、ゴリラという特徴はなんの為にあるのかという話。
ゴリラを模した、あるいはベースとしたならばそれはすなわち巨躯そして豪腕、怪力。
この項は三度の闘い全てに共通している。
つまりパワー特化のゴリ押し型である。
「ぐ、ゥう…うううう!」
「こんなもんかパワハラ教師」
はっきり言って、〝憑依〟で強化された肉体を〝倍加〟によってさらに身体能力を跳ね上げ、近接戦を好む俺としては真正面から噛み合う相手ではある。
いくらか殴られたが、倍の威力と手数で押し返した。プッと鼻腔から垂れる鼻血を拭って払い、尻餅をついたゴリ松を見下ろす。
別に肉弾戦で合わせてやる必要は無かったのだが、刀を含む装備一式はまだ張り途中のテントと共に残置したままだ。取りに行くとコイツの馬鹿力でテントごと破壊されそうで怖かったからあえて宿営地から離れながら殴り合っていた。
「ベル寄越せゴリラ」
最初こそ拳と自前の竹刀を駆使して攻勢に出ていたが、素材が脆すぎた。ただの竹刀なんてゴリラにとっても俺にとっても爪楊枝に等しい。すぐに壊れ、あっと言う間に
「殺す気は無いよ。ベルさえ壊せれば勝ちになるんだろ?それで終わりにするから」
「…それで、終わりに、する、だと?」
殴打で青痣だらけになった赤ジャージのゴリラが反動を使って跳ね起きる。まだ力あり余ってるか。
「ふん、貴様はこれまでもそうやって倒して、殺してきたのだな。これまでの彼らを」
(やっぱり俺の情報は筒抜けか)
戦闘実験及びアルファベットシリーズの経緯を知っているような口振り。俺の戦力は既に各陣営に行き渡っていると考えて立ち回った方が賢明ということだ。
ゴリ松は震えていた。もちろん恐怖にではない。滲み出る殺意と敵意は紛う事なき継戦意思の表れ。
「終わりにするだと。……それはあのゴリラ達のようにか、あのゴリラ達のことか」
浅く息を吐いた直後、猛獣の咆哮が天地を震わせた。
「……
ボゥッ!!!
「……ぁ、あ…!」
その変化を前に、俺は絶句していた。幸も怯えていた。
肥大化し膨張した筋肉。その体躯はゆうに五メートル越。
いや違う、そこはどうでもいい。
怒りに燃えるその姿。金色に染まった頭髪。血管を浮かび上がらせ友の仇に滾らせる雄姿。
見覚えしかない。確実に怒られる方向の。
いくら異世界とはいえど著作権の侵害は免れまい。
「ハァアアアアアア!!」
だが真価を発揮した威力は本物。ガードに回した腕が悲鳴を上げ大きく弾かれる。踏ん張りさえ空しく身体が浮き上がった。
「ゼェイ!!」
ロクに部位も定めぬ乱打の嵐。受け続ければいずれ骨が折られる。
しかしだ。
「!?」
浮き上がった体がようやく地と捉えた瞬間から拳は当たらなくなる。太い拳から繰り出される拳打は幅も大きく完全な回避にはかなり動かされるのが難儀だったが、見切り自体は完璧だ。
「…何故ダッ!?」
鉄筋のような腕を受け流し、鳩尾への掌底を連続で三撃。流石に一発では届かない衝撃も重ね打ちでようやく浸透した。息が詰まり崩れた片膝を足場に跳び上がり顎への膝蹴り。ゴリ松の頭が真上に伸びた。
「速度が落ちてるんだよ」
ゴリ松の反応速度に先回り、鼻下の急所である人中に全力殴打。顔面の衝打に胴体が引っ張られ、半回転ほどして受け身も取れずに地面に叩きつけられた。
「そんだけ体がでかくなりゃ、スピードが犠牲になるのは当たり前だろ?強化の方向性を間違えたな」
倒れたゴリ松の左腕に括り付けられていたベルを踏み潰す。終了報告はまたしてもどこからともなく流れ聞こえた。
『勝者、Ⓙ陣営日向夕陽。存命で敗北したゴリ松を強制送還します』
顔面血だらけだが生きてはいる。しばらく起き上がれないとは思うが、一応言っておこう。
「お前体育教師なんだって?お前の起こした暴行事案、そっちの世界へ報告しといてもらうからな。処罰を食らえ」
こんな調子じゃ元の世界でも度の過ぎた体罰やパワハラをしまくってたんだろうし、良い機会だ。教職を卒業してしまうがいい。いや中退って言った方が正しいのか。
『お疲れさま。サポートいらなかったね』
「する気無かったですよね」
「…っ」
「うん、続きしようか幸。あのゴリラのせいでペグ一本壊されたけど、予備あるから大丈夫だ」
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