VS墓守リルヤ


 初戦を終え、拠点設営終了と共に時刻は一時。負けずに続けば残り七十一時間と考えるとまだまだ先は長い。

 ひとまずは少し遅めの昼食。

「ほら、口にソースついてるぞ。お茶目もいいが淑女たるもの品位を持ちなさい」

「…。っ!」

「え、俺もついてる?俺は別にいいんだよ、粗野で粗暴なアウトローは男の憧れだ」

 めっ、と。立てた人差し指で注意を受け、口の端についていたらしきご飯粒を摘ままれた。

「いやあ、それにしても今だけは平和だな。もうずっとこのままピクニック気分で健やかに帰りたい」

「……」

 無論冗談だったのだが、伸ばした片膝の上に乗る幸はじっと俺を見て、それから小さな手を開いて握っていた物を差し出す。

 食事の間だけ口腔内から取り出していたベルだ。どうやら一心同体である幸が所有していても『参加者の接触』という規定には沿った扱いになるらしい。

 これを壊せばすぐ帰れると言いたいようだ。

「いんや、三日頑張ろう。俺達の陣営は他より多く、一人辺りの撃破数を稼がないと勝てないからな」

 人手の不足はそのまま勝算の低下に繋がる。敵の撃破それのみを社長選定の物差しにしているわけでは無いにしても、数が多ければ多いに越したことはないのも事実。そして出来れば殺害を避けての穏便な勝利。

 ただ勝ちに関してのこだわりはどうにも厳しい。最初のゴリラはどうにかなったが、強ければ強い程に手は抜けなくなる。そうなれば俺は切迫した中で殺すことを選んでしまうだろう。

 倒すことより、殺すことの方が簡単で分かり易いから。

『まーたイチャイチャしてるのかい。そこ戦場だよ?』

 食後の休憩に二人であやとりをしていると、インカムから呆れた声が聞こえてきた。

「切替えが大事って日和さんもいつも言ってるじゃないですか。闘う時はきっちり引き締めますよ」

『うむ、分かってるならいいんだ。では早速引き締めてもらおうかな。地図を広げて』

 言われた通りに、この戦場全体の簡易的な紙地図を地面に広げる。

『もう掌握してると思うけど、そこはキューブ山とかいう場所だね。その隣、南の地区に他陣営の信号が出てる。単独で完全に待ちの姿勢だ、あるいは君を誘っているのかもしれない』

「すぐそこっすね。了解、行ってきます」

 立ち上がり、方角を確認する。常人の脚ならそこそこの距離だが、〝倍加〟に頼ればさほど苦も無く辿り着く。

 出来れば最初の内は強すぎない敵と当たれることを期待したいが、信号の確認だけでは敵の詳細まで掴めないのが痛いところだ。会ってからでは遅いだろうし。

 ……それはそれとして。

「日和さん、なんかインカムからジャージャーおかしな音がするんですけど壊れてませんかこれ」

『正常だよ?私がチャーハン作ってる音じゃないそれ』

 昼飯作りながら話してたんかい。アンタも切り替えてくれよ。




     -----

 地図で見た時から嫌だ嫌だとは思っていたが、やはり実際に来てみても感想は変わらない。

 テンプレ墓地。切り出された簡易的な墓石の下に無数と埋まる死者の土地。

「やあ。いらっしゃい」

 そんな墓石の一つに腰を下ろして、巨大な鎌を肩に担いだ少年…?がひらりと片手を振った。

「僕の名前はリルヤ。死神だよ」

「…日向夕陽。人間だ」

「ふうん。じゃ、始めよっか」

 薄い反応でリルヤは墓石から立ち上がる。身の丈を超えた鎌を軽々と振り回し、ウォーミングアップと言わんばかりに周囲の墓石を的に数度の素振りを行った。掠めただけで長方形の石が砕け散る。


『Ⓙの日向夕陽、♠の墓守リルヤ。双方の同意を確認。カウント開始します』


「やめろ、墓守なら此処を荒らすような真似するんじゃねえ。場所を変えよう」

「いや必要ないよ。救済は終えている」


『5』


『―――主様!お気を付けください、その男はっ』

 開始直前に割り込んできた少女の声に意識が向く。日和さんに代わり篠がオペレーターを務めていた。


『4、3、2』


「君も死んだら救ってあげる。安寧の対価に貰うよ、君の技術。そして」

『その男は死神っ…魂魄を収め技と業を得る者!概念種の天敵です!!』


『1、0。交戦開始』


「君の武器を」

 地を這うように低く跳び、リルヤの大鎌が振るわれる。

 俺ではなく、その隣へ。

「テメェ」

 幸の柔肌へ迫る切っ先を、蹴り上げて弾く。

「いい反応。場慣れしてるね」

魂喰らいソウルイーター。墓守が聞いて呆れるな」

 蹴り上げた足をそのまま落とし、リルヤの腕を踏み潰す軌道で踵を定める。

「心外だね。僕はあくまで救っているんだよ。彼らも喜んでいる」

 鎌の柄で地面を叩き、反動で踵落としを回避。滞空しつつも着地狩りを警戒したリルヤの斬撃を避けて数歩下がる。

「幸、〝憑依〟したらすぐに深度を落としてくれ」

「っ」

 腕にしがみつく幸が同化するまでの短い時間を待ってくれるほど敵は甘くない。

「篠使うぞ。天機てんき隠形おんぎょう擬似開帳ぎじかいちょう

 実体を無くしかけている幸の首を狙った鎌が突如としてその目標を見失い、地面を大きく抉り取って止まる。

「ッ、どこへ」

「脚力八十倍」

 横合いからの攻撃に相手は鎌を引き戻す間もなく側頭部を打たれた。いくつもの墓石を破壊しながら吹き飛び転がるのを見送ってから、消えていた体が元に戻る。

「便利なもんだ。お前の神通力は」

『…いえ。申し訳ありません、力及ばずその程度の出力しか』

「充分過ぎるよ」

 主従の契約を交わした篠の能力をほんの一時的に、数段ランクを落とした状態で行使を可能とした擬似開帳。

 最大八秒の間、姿を消し去る身隠しの術。とんでもないのは隠形の対象に物体のみならず内包した性質や気配まで完全に隠し切ること。一度使ってしまえば八秒間は存在する事実そのものを消せる破格の性能。

 これを制限無く常時展開し続けられる篠は間違いなくチートの一角。俺の周りはこんなんばっかりだ。

(今回の遠隔地からの間接的な行使は限度五回。使えてあと四回)

 出来る限りは温存しておきたい。が、

「そうも言ってられないか。二戦目で相手にしていいやつじゃないぞこれ…」

 ベルトに差し込んだホルスター内の術符、それに腰の後ろで括り付けてある刀を意識する。

 相手は武器持ち、そして魂魄を喰らう者。

「概念種の天敵、だったか」

『はい。あの男は死人のみならず、生者からも。それに意思持つ霊的存在の吸収も可能としています。それと』

 さらに情報を告げようとしたが、轟音に掻き消され最後まで聞き取ることは叶わなかった。

 地面が陥没し、噴き上がった土煙の中から巨大な飛来物。腰から引き抜いた漆黒の木鞘に納まった刀で打ち返すと、その正体が垣間見えた。

(ブーメラン?)

「いった。首折れるかと思ったよ」

 弧を描いて放たれた箇所へ戻っていくブーメランを、煙の中から少年が掴む。

 ゴキリと鳴らした首をさすり、こめかみからの流血の雫を顎から落とすリルヤが肩を竦めていた。

「折ったつもりだったんだけどな」

 あの感触は確実に骨までヤったものだった。が、リルヤの様子を見る限りダメージは予想を大きく下回る。

 篠の言い掛けていたものが掴めた。

「魂を用いた再生か。どうにもあのゾンビ娘に似てやがる」

 五感に捉えられぬものを強引に捉える〝干渉〟を眼球に当てがった結果視える魂の総量。相変わらず一つの器に無数と押し込められた魂というものは不気味だ。

(総量だけならゾン子のオリジナル以下ではある。けど…それでも数万は入ってるな)

 そうやって異能を重ねた視界で眺めて、他にも気付いたことがあった。この墓場には一つとして霊魂が存在していない。

 救済は終えている。墓場を荒らすリルヤを咎めた俺に対する返答の意味がこれか。

「余所の世界の魂まで取り込んだか」

「ここに居るよりずっとマシでしょ。どう転んだところでこの世界は五つの陣営どれかに下り、国は終わる。残された肉親だってもう墓参りは出来ないだろう」

「余計なお世話だって言ってんだ。他人如きが死後まで縛るな、とっとと解放しろ」

 会話で引き伸ばした時間を使って〝憑依〟を上げて行く。深く深く、幸と繋がり最奥を目指し。

 リルヤはそんな俺の様子を知ってか知らずか、頭をこんこんと叩き、

「んー、確かにこっちの人達はなんだかうるさいね。僕の世界では皆救済されたって喜ぶのに」

 脳に響く声を裂くように、爪で額を引っ掻く。その傷もすぐ塞がった。魂の無駄遣いだ。

「まあ、関係ないけど」

「……行くぞ、幸」

 五感連結、痛覚共有。

 一心同体その序の段。

 神刀を解放し、一気に引き抜く。

「刀か。なら、こうだね」

 一息で肉迫した俺を前にリルヤは動じない。妙な金属音を鳴らし、ブーメランと化していた大鎌はいきなり眉間へと刃を突き立てた。

「チィッ!」

 仰け反りかろうじて額を掠る程度で済ませたが、追撃の手はやまない。

 間合いが段違いに伸びた。

「ほらほらどうしたの、威勢はどこいったんだい」

 凄まじき刺突の連撃。最小の動きで最大の致命を狙って来る動きは明らかに熟練された使い手のそれだった。

 そもそもなんだこれは。

 いつ、鎌が投擲武器ブーメランに、そして槍に変わった?

(魂の質が変化してる!コイツまさか死者の魂から技術を流入させてるのか!?」

 自身以外の魂を肉体に浸透させ技術を再現しているのだとしたら、これも方法は違えど異世界版の〝憑依〟ということになる。

「うーんいまいち威力に欠けるか。ならこう」

 迎撃していた刀が打ち合った拍子に引っ張られ体勢を崩される。見れば鉄槍は十文字槍に形を変えていた。

 刺突に加え薙ぎ、斬打。攻め手が武器ごと変化する。

(動体視力百二十倍、全身体能力二百倍!)

 人の域を超え、その動きは並の人外を上回る。

 それだけの強化を以てしても完全には避け切れない。槍撃の鋭さは重みと共に増していく。

「まだ足りないか。だったら、こう」

「…がっ!」

 さらに槍は変化、十文字槍は刺突用の穂先を残し片部を斧、もう片部を鉤として重量を増した。威力が底上げされる。

 唸りを上げるハルバードが振り翳された。

 だが、

(遅い!)

 槍からの変化による隙こそが好機だった。地面を踏み砕きながら距離を詰めハルバードの間合いを殺し、かつ二尺八寸を誇る神刀を滑らせるようにリルヤの首筋へ

「まだまだ…!」

 皮一枚を流れる刃が裂いた間際、柄と刀身を同時に叩かれ距離を離された。ハルバードは二つに別れ、俺と同じく二振りの日本刀となっていた。ただし両方共その寸借は脇差程度しかない。

 小太刀の二刀流。

「ふっ、…はぁ。ちょっと危なかったね」

「無理に繕わなくていいぞ、大根役者」

 息を整わせる前に攻める。二刀流に対抗するべく、腰に差してあった黒色の木鞘も駆使して手数勝負に挑む。

 少し分かったことがあった。

 相手は数多の英雄豪傑の技術すら取り込んだ無数の魂の塊、古今東西を含む武の化身。一の器にして数万を宿すその身は破壊の前に再生が上回る。

 そして変形する武器。あれで幾通りもの戦術を単身で行える。

 隙は無い。あらゆる武器を達人級に扱える以上、どんな相手でも対応して来るだろう。

 完璧に詰みと思われるが、案外別段そうでもなかった。かもしれない。

 弱点は見つけた。

「せい!はぁっ!」

(迎撃のみに集中しろ、下手な攻めは利用されるだけだ。幸!脳内処理が追いつかねえ支援頼む!)

〝っ〟

 縦横無尽と刃が乱れる。それを追う目も痛みを放ち、やがては限界が来る。

 その前に仕留めなければ。

 攻撃は徐々に当たり始める。頬を斬り、肩を裂き、腕に刺さる。

「く…ぅ…、はぁっ!」

 深手と急所だけを避けながら続けていた斬り合いが瞬間の縺れで崩れる。

 息を切らしたリルヤの、一秒に満たない呼吸の継ぎ目。

「―――ァあッ!!」

 この時だけを待ち侘びた渾身の一刀。股下から脳天を抜ける正中線をなぞる刃の閃き。

 実際には刀は届かなかった。届かせなかったと言うべきだろうが。

 刀はギリギリのところでリルヤの肉体数ミリ手前を空振り。、紐で繋がれ肌から離れていた首飾りだけを両断した。

 破壊が即敗北に繋がる、今戦争代理者達の生命線。


『ベルの破壊を確認。♠陣営の死神リルヤを敗北とし強制送還致します。勝者はⒿ陣営の日向夕陽』


 面白味のないアナウンスだけが結果を告げ。二つに分かれたベルだけがコロンと地に落ちた。

「はっ、ふう……あれ?もしかして負けた?」

 刹那の決着に今頭が追い付いたのか、汗の滲む額を拭いながら俺に問い掛ける。

「負けだよ。いやこのルールに感謝しないといけない。普通にやったら負けてた」

 〝憑依〟を解除し、実体を現した幸を降ろしながら答える。

「英雄の再現と聞けば確かに酷いチートだが、別に使ってるのは英雄本人じゃないしな。ガタイが違う人間の技量は模倣や再現は出来ても限界ってのがある」

 例えば先のハルバード。あの一手を遅いと感じたのは重量が増したからではない。純粋に武器の使い手としてリルヤの体格が追い付いていなかっただけのこと。

 あれは本来屈強で大柄な巨漢が振るうべくして極められた技術の一端。キレがあり、冴えも渡り、精度も本物だった。だけど腕力が、肩幅が、身長が、体重が足りなかった。

 技術を担う魂をいくら操ろうと、鍛錬の末にそれを宿すに至った器が未熟では本物に近い贋作止まりだ。実際問題、それは息切れという形で如実に現れていた。

「ただお前が魂を使った再生を行えることが肝だった。極めて本物に近い贋者の技術でも、殺せない相手が使ってきたらそりゃあ持久戦で負ける。短期決戦、ベルの破壊。この二つが成り立ってようやく勝てた…」

 どっかりと地面に尻から落ちる。慌てて幸が支えてくれたが、しばらくは立ちたくない。

「…そうか。なるほどなあ。そういうことも、あるのか」

 噛み締めるように呟いたリルヤの足元から巨大な魔法陣が広がり白光する。転移による強制送還とやらが整ったか。

「確かに体は僕のもの一つきり。英雄の庇護に甘えて日々の鍛錬を怠ったツケだね。いい勉強になった。またいつかやろう、日向夕陽。それまでには体を仕上げておくから」

「冗談じゃねえ負けるに決まってんだろ馬鹿野郎。とっとと帰れ」

 手でしっしっと払うと、転移の光に呑まれながらリルヤが銀髪を揺らし、ほんの少しだけ笑った。ように見えた。




     -----

「二戦目でこれか」

 テントに戻って大の字になりながら、俺はひたすらにげっそりしていた。

 強い。強すぎる。

 あのレベルがそこら中にいると思うと恐ろしくてテントから出たくなくなる。異世界は本当に化物だらけだ。

「…っ」

 ひたすら慮るように俺の頭を梳き続ける幸も、反応に困ったようにひたすら瞳を揺らしていた。

『辛勝だね夕陽。仕合には勝ったが勝負では負けたみたいな顔してるよ』

 片耳のインカムからは闘ってる最中一言も発していなかった女性の声が。

「視ての通りですよ。ってか何やってたんですかあなた」

『昼食作ってるって言ってなかった?作ったら次は食べるでしょ普通』

「もうマジでなんでオペレーター引き受けたんですかあんたぁぁああ……」

 篠に任せて日和さんは帰った方がいいんじゃないか?

『まあそう嘆かないで。次は私がしっかり君を導いてあげるから。あまり時間は与えられないだろうけど、それまでは幸に慰めてもらいなさいな』

「言っときますけど、これ幸がどうしてもって言うからやってるだけですよ…」

 からかうような口調に思わず返してしまう。幼い童女に膝枕をされ髪を梳かれているこの状況は、どうにも気恥ずかしくていけない。

 時計を見れば早くも三時。ペースとしては悪くない…と思いたい。

 日のある内に勝ちを稼いでおきたいが、今日はあと何戦やれるか。ってか何戦保つか俺の体。

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