〝量子〟の概念体【Schrödinger's】


『にゃ、うにゃー、なぉん』


『…こほ、こほん!猫のわたしが失敬失礼』

『やあやあ我こそは量子の概念体、名前はまだ無い!…いや違う!邪魔するなよこの駄猫め!』


『……なんだい?らしくない?無機質さが無いだとぅ?』

『なんだい知った口を効いて。だったらキミはわかるのかい?』


『我が不確定なる深淵の中身を。はてさてわたしの生死の有無を、キミ如き有象無象の塵芥が知り得るのか。試してあげようかにゃん♪』






 明るい橙色の長髪。頭頂部にはピコピコと感情の揺れに合わせて動く猫耳。藍色の縦長な瞳孔は常に何かを見透かすかのように見開かれている。セーラー服の上から明らかに身の丈に合わない大きな白衣を羽織っている奇妙な出で立ちの少女然とした概念体。

 他と比べてもはっきりとした自我と意思を持つのは、彼女の存在ことわりがあまりにも世界的に(あるいは創作の内において)有名過ぎるが故に、集積された知名度自体がその存在強度を一生命体としての自己を確立させるまでに昇華させてしまったことが原因。さらに言えば極東日ノ本における知名度補正が高すぎ、その影響が割合の八割を占めてしまっている(概念体としてのモデルケースからやや逸脱し、日本の『萌え』に寄った形が表出した)。

 弊害として猫人格が混合しており言動や性格に時折その無邪気さと奔放さが混ぜこぜになって表れる。外見的特徴に瞳や耳としても出てきてしまっている。




   【Cat in a box】


 Schrödinger'sの領域は彼女という概念体のその内にのみ展開される。支配する法は量子力学的記述論。とある思考実験の概念。

 彼女は試すように自らの身を曝け出し、致命の一撃に対しても回避や防御といった行動を一切取らない。Schrödinger'sが致命傷を受けた時、その死亡判定は50%として扱われる。

 つまり1/2の確率で死なない。あくまで半分の確率で生き残る程度でしかない性能だが、もし逆に死なない50%の判定が発生してしまった場合、彼女の身体からは猛毒の霧が散布される。この毒は対象の強度や出身世界の基準を読み込んだ上で、敵対者にとって必ず猛毒となるものを生成する。

 例に漏れず敵に回す必要のない相手ではある上に、必ず殺すか必ず殺されるかの二択しかありえないので相手にする方が馬鹿馬鹿しくなるほどの相手でもある。ただしSchrödinger's自身は自分の生死にはさして興味もないのか、率先して殺してくるような言動と挑発を繰り返してくるので、安易に攻撃を仕掛けるような性格の持ち主であれば危険。

 さらに言えば、Schrödinger'sは観測者(敵対者)が正しくその理を理解した上で行動を起こさない場合その判定を任意で指定できるインチキ仕様を有している。敵対者がSchrödinger'sの法則を未知のものとして攻撃すれば彼女は間違いなくその生死確率を変動させ自らが生きている未来を観測するだろう。






   『攻略メモ』

 概念体の中で(やや性格の混乱はあるものの)もっとも明確な意思を持つ存在。故に彼女は唯一概念体というものを口頭にて説明できる貴重な存在であり、また必ずしも敵対する必要性のない者。

 彼女は猫としての気質が混じっているせいか外の世界に強い興味を示している。気に入られるか、興味を餌に取り入ることが出来れば情報源として味方に引き入れることも可能。

 他の概念体のことも一目見ればその特性と正体を看破し助言を与えることが出来る上、『〝』の危険性に関しても率先して教えてくれる。あるいはその先、の情報も。

 とはいえ別に殺したところで大きな損も害もなく、また対立を避けて逃げたところでむくれるだけで追跡はしない。確率と選択を重んじる性根で、どんな行動を選んだところでそれを否定も肯定もしない。


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