人と竜と巨人と天使と


 神造巨人ヴァリス内部。

 その中枢部にて、複数のモニターでヴァリス周辺の様子を眺めているのは女神スィーリエ直属傘下にある大天使。『創造』の名を冠する天使ナタニエル。この巨人ヴァリスを創り上げた者でもある。

 ナタニエルは一際激しく明滅するひとつのモニターに注目したまま、二つ結びにされた長い茶髪の端を指でいじる。

「流石に古くを生きる魔女、竜種。一筋縄にはいかないか…」

 巨人と下級天使の猛攻を凌ぎ、あるいは反撃に転じながらも両者は互いに援護し合い、この圧倒的な物量差を互角に渡り合っているように見える。既に倒された天使の数は千を超えたか。

 それでもナタニエルは狼狽えない。ホムンクルスたる下級天使はいくらでも替えが効く。疲弊させ消耗させ、最後には動きの乱れた敵を討てばいい。そもそもがこのエリアを担当しているナタニエルの目的は此処に無い。

 世界の中心地。人がもっとも集中するセントラルへ進む巨人の緩慢な足取りを、たかが魔女と竜程度が止められるはずもない。

 大天使の考えは変わらない。今も、そしてこのあとも。

「数が増えたところで何も変わらない。それでも足掻くというのなら」

 横目で眺める別のモニター。そこに映るのは空を舞う無数の飛竜と輸送ユニット。間もなくこのエリアへと到着するであろう有象無象を前にしても、やはりナタニエルは何も考えを改めない。

「来るがいい。創造主に仇成すその不忠、私が創り変えてあげよう」




     ーーーーー


 前回、対時空竜での単騎特攻。大魔女カルマータは無数の敵を前にして起こした魔力切れという欠点を補う為の策を講じていた。

 とは言ってもそう小難しい話ではない。魔石と呼ばれる物質がこの世界にはある。それは名の通り魔力を吸収する鉱物のことであり、これを加工して魔力を蓄えておくことを可能とした。

 もとより不死の存在。自らの魔力を死ぬまで溜め込んで生き返りまた死ぬまで溜め込む。これを時空戦役後から延々と繰り返していたカルマータの魔力貯蔵はほぼ無限に等しい状態となっていた。

 魔石のひとつを鏡面魔法陣から取り出し噛み砕く。即座に全身を満たす魔力に任せ再び魔術を展開。アプサラスの翼に取り付いていた天使を撃ち抜く。

『やーねぇ、もう。最近の子はわんぱくなんだから』

「意思無き人工生命体に腕白も淡泊も無いだろうに」

 大劣勢を強いられているにも関わらず古老二名の様子は飄々としている。どの道勝てない戦なのは知っている。それを勝てる戦にする為に今踏ん張っている最中なのだから。

 そして、負け戦を勝ち戦に変える増援の気配も掴んでいた。

「アプサラス」

『なにかしらね、カルちゃん』

 浮遊の魔術でアプサラスと並び、ブレスと同時に氷と炎の魔術を放ち天使達を吹き飛ばす中、カルマータが空を自在に舞うアプサラスに何気ない質問を投げかける。

「あんた、同胞と共に戦うのはいつぶりだ?」

 魔女の言葉尻を、大気を引き裂くいくつもの飛翔音が掻き消した。

 それは翼持つ飛行体。飛翔の速度そのままに、多色多様に及ぶそれらが真っ向から天使に吶喊し、鋭い牙で嚙み千切り爪で切り裂き、怒号に似たブレスが巨人と天使で埋め尽くされる天空を彩るように伸びていく。

『……ああ、そうねぇ』

 その一陣を見上げて、アプサラスはとても懐かしいものを見るように目を細める。

『大戦以来、だね。やっぱり竜種わたしたちはああしているのが一番映えるよ』

 なんの示し合わせも打ち合わせもなく、合流してきた巨人征伐隊主力は早々に開戦の火蓋を切った。




     ーーーーー


 開幕当初は飛竜隊『桔梗』に騎乗した一団が戦場に飛び込む。輸送ユニットによって後続する部隊はそれよりやや遅れて参戦するだろう。

 不意打ちにはなっていないだろうが、アクエリアスより一直線にフルスピードで飛んできた飛竜隊の初手突撃はそれなりの成果を上げて天使達を討ち滅ぼした。


「後続部隊が合流するまでは空中戦だ!頼むぞヴェリテ!」

『お任せを』

「リート!上下左右が全部戦域だ、目になって情報集めろ!」

「りょーかーい!」

 雷竜ヴェリテに乗る夕陽とディアンが共に刻印術を発動させ天使達を斬り捨てていく。

「あんまり、あんまりはげしく飛ばないでぇー!」

 そして夕陽の頭にしがみついているロマンティカは目を回していた。


『…む?あの姿、まさか風竜……アプサラスか!?』

「同窓会はあとにしとけシュライティア、来るぞ!」

 風刃竜シュライティアは眼下に見覚えのある姿を確認し声を上げるが、背に乗るアルに叱咤され意識を天使達に向け直す。


「……」

「あの、エレミアさん?大丈夫ですか…?」

「…あ、ええ。大丈夫ですとも」

『もう戦場なんだから気を抜かないでね!めっちゃ飛び回るから魔法とか弓矢とかよろしくー!』

「エヴレナちゃんの言う通りよ。戦場では一瞬の油断が命取りなんだから」

 真銀竜エヴレナの背では心ここにあらずなエレミアを心配するエヴレナと遥加に、冷静に諭すマルシャンスが次々に大弓で矢を射っている。


 ダモクレスを初めとして、彼らにはいくつかの手札と切り札があった。

 それをまず最初に開示するのは。


『あーあー。聞こえてるかい巨人殺しの精鋭達。こちら魔女カルマータ、まずは援軍ありがとう』

「カルマータ。相変わらず余裕だなぁ…」

『その声は日向夕陽か。あんたも相変わらず無茶してるねぇ。まあそれはいい。とりあえずは正式な開戦にあたり、こっちからは約束通り用意したものを出そう』


 大魔女が手を挙げるのを合図とし、それは起きる。

 大地を突き破り、あるいは森から、あるいは山から、あるいは雲海から。

 数えきれないほどの何かが湧き出でる。津波のように溢れながらミナレットスカイの天地に広がりつつも唸り吼えるその威容は多種多様な獣の姿をしていた。

 

 覚えのある者達にとって、それはトラウマであり確かに『物量差を賄う』にはこれ以上ない一団であった。


『救世獣改め『黒抗兵軍機種総隊「時空」』!ようやっと権限を握ったんで初陣と行こうじゃないか、なぁ馬鹿息子よ!』

 紛れもない大劣勢の中にあって、それを覆す初手を打った大魔女の声は高らかで、どこか喜色が混じっているように聞こえた。





     『メモ(information)』


 ・巨人征伐軍(チームGIANTKILLING)、エリア8ミナレットスカイに現着。交戦開始。


 ・『鏡の魔女カルマータ』、救世竜の権限継承により救世獣再編、『黒抗兵軍機種総隊「時空」』掌握。総数百二十万。

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