VS カルマータ
盛大な爆発と共に広範囲に黒煙を広げる空中を眺め、魔女は明らかに自然落下の速度に反したゆっくりとした動きで尖塔から地上へと降り立った。
「ふむ。どう出る?」
何かを見守るように微笑みを絶やさない魔女を目掛けて、空中から黒煙を引き裂いて炎のブレスが襲い掛かる。
「ほう、それで?」
ブレスは眼前に展開された鏡の魔法陣によって軌道を捻じ曲げられあらぬ方向へと逸れていく。
空中に佇むのは一体の式神竜。そこには既に他の姿は無かった。
直後、左右後方の三方を囲う足音。
「なるほど、そう来るかい」
上体を真後ろに倒し、顎先を数ミリのところで通過する刃を見送る。
「っヴェリテ!」
繰り出した最速の抜刀をいとも容易く回避されても夕陽の威勢は変わらなかった。回避挙動で隙を見せた魔女へと跳び上がった雷竜の戦槌が墜ちる。
膝を曲げ空を仰ぐ格好になった魔女の頭部を叩き潰す魂胆だったヴェリテの思惑は成されず、またしても割り込んだ円形の鏡に衝撃をそっくりそのまま真逆に弾かれる。
が、それで終わるほど雷竜の猛攻は甘くない。握る戦槌に引っ張られる形で両手を真上に挙げたまま、バヂリと弾ける口腔を開けた。
「おっと」
ゼロ距離。回避不能のサンダーブレス。
これまでで一番早い挙動で魔法陣を展開し、その咆哮は余波も含めて全てが散り散りにされた。
さらに魔女が拳を握り込むと、夕陽とヴェリテを囲うように無数の鏡が具現された。それらは八方に放散されたサンダーブレスに触れるやいなや、手あたり次第に反射して縦横無尽に暴れ狂う。
「三百倍…!!」
「これは、竜特効の付与…!?」
〝倍加〟を引き上げ迎撃する夕陽と、素の身体能力で打ち返すヴェリテ。僅か一発が腕に掠り血が流れると、ヴェリテはそれがもはや自らの雷ではなく、反射と同時に竜特効を備わせた別物の雷であることを見抜いた。
「うん。悪くないね。けど」
次いで発動した魔術の攻撃に耐え忍ぶ両名を見て満足げに頷きながら、その視線は鋭く後方へ向く。
銀翼を生やした人化形態のエヴレナがすぐそこまで迫っていた。
「まだ、甘い」
「こんのぉっ!」
かざす掌から広がる魔法陣。竜の膂力ならば破壊も可能かと全力で振り被ったストレートが唸る。
大気中の塵を吹き飛ばすジェット噴射が如きパンチは三重に張られた魔法陣を突破し魔女との距離をあと一撃の範疇に捉える。
そんなエヴレナの拳が一瞬で凍てつき、肘から肩から凍結を浸食させた。
「えっ、なにこれ!?」
「経験不足。実戦では致命的さね、抑止の真銀」
砕いた魔法陣が破片となって腕に突き刺さっていた。展開された魔法陣は反射の効果ではなく凍結。気付いた時には片腕は全て凍り付いていた。
「「……ッ!!」」
魔女の持つ杖が振るわれる。凍結した腕に叩き込まれれば竜の外殻とてただでは済まない。
人と竜が同時に魔女へ突っ込み、速度で勝るヴェリテがまず槌の横薙ぎを振るう。
反射。またしても弾かれる戦槌とは別に臀部から伸びる尾が下方から魔女の腹へ突撃する。さらに圧縮して範囲を絞り威力を高めた雷撃の砲弾を口から吐いた。
対処困難な多段攻撃―――を、さらに倍増した鏡の魔法陣が全て防いだ。
「…チ…」
「終わりかな。ではそろそろ…」
雷撃と相殺した魔法陣が砕けて消失していく中、何かを口にしかけた魔女の首が断たれる。
刹那の判断で決行した脚力の〝倍加〟千倍。そして刀の二段階解放。
今やその白刃、神気を纏う現存の神秘。
「……ぐ、ちっくしょうめ」
だがその力は一介の〝憑依〟使いにとっては過負荷に過ぎる。加えて無理を押し通した千倍強化の反動は夕陽の両足を内側から破壊した。筋が切れ骨が砕ける。
「……ほう。これは予想外」
だというのに未だ魔女は健在。斬首したはずが、何故か頭は落ちず出血の跡だけを残して魔女の首は元通りに繋がっていた。
頭から降りて夕陽の肩へ針を突き刺しながらロマンティカが叫ぶ。
「ユー!あの魔女おかしいよ!もしかして…」
「…不死、か!」
「―――エヴレナ」
治療中の夕陽を庇うように前に立つヴェリテが冷えた声で同胞を呼ぶと、エヴレナは何も答えず代わりに大きく息を吸った。
真銀のブレスは竜種だけでなく魔の物、また不死者に対しても特効性を有す。魔女を真の意味で殺すにはエヴレナの力が不可欠だった。
となればやり方は見えてきた。全力で動きを止め、なんとしても神竜のブレスを直撃させる。
足が機能を回復したことを確認すると、再度ヴェリテとアイコンタクトで攻め手を確認する。機動力を奪う為に、狙うは下半身。
「いいね、充分だ。これまでにしよう」
だが、魔女は唐突に杖を投げ両手を高々を挙げた。万国異世界共通共有であろう、降参のポーズ。
「すまないね、あんたらの力を見たかった。生半可な実力じゃあ足しにもならんだろう?時空竜を降すにはさ」
「あんた…、一体誰だ?」
「…やはり貴女、鏡の魔女ですか」
訳知り顔で語る魔女を訝しむ夕陽とは対照的に、ヴェリテはようやく得心がいったように構えた戦槌を下ろした。夕陽が説明を求める視線を投げると、ゆるりと首を振って魔女を見据えた。
「人造の竜、オルロージュは話した通り人と竜との合作で産まれた存在です。…彼女は、それに携わった者の一人ですよ」
「さらに言えば、携わった者唯一の生き残りでもあるがね」
あれだけの戦闘を単身でこなしておきながら息ひとつ乱していない鏡の魔女は、夕陽達の敵意が落ち着いたのを見て上げていた両手を下ろす。
「そこな雷竜の説明にあった通り、造り物の竜を手掛けた者の一人。カルマータだよ」
指先の動きで手元に杖を呼び戻した魔女カルマータが、またしても数枚の鏡を中空に創造する。その鏡からは神々しく輝く温かい光が放たれていた。
それが体を照らすと、たちまちの内に傷や疲労が消えていく。
一通りダメージが回復したのを確認して、カルマータは杖で地面を勢いよく叩いた。
「ドラ息子との因縁を清算するのに、ちょうど戦力が欲しかったところなんだ。歓迎しよう、命知らずな人と竜よ」
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